第052話 おじさんが歩けば奇跡が起こる

 温泉でさっぱりした俺たち。


「俺は少し出かけてくるけど、皆はどうする?」


 俺は小判を発掘してしまったので警察に行くつもりだ。


 そんな場所に召喚獣や従魔を連れて行っても退屈なだけだろう。それよりもここでシープたちと一緒に遊んでいたほうが楽しいはずだ。


「キュッ」

「キュンッ」

「ピッ」


 そう思ったが、狐形態のマヒルとヨルは肩に、ワラビモチは頭の上に飛び乗った。


 一緒に行きたいという意思表示だろう。


「オッケー。一緒に行こう」


 俺はマヒルたちを連れて街に向かった。今日も俺がホームに着くと同時に乗る電車の扉が開き、ほとんどロスなく移動できた。


「キュウンッ」

「キュンキュンッ」

「ははははっ。くすぐったいから大人しくてしてくれ」


 電車を降りて道を歩き始めると、マヒルとヨルが俺の顔に頭を擦り付けてくる。くすぐったいので二人を撫でて落ち着けさせた。


 あぁ~、皆可愛いなぁ。


 心が浄化されていく。


「火事だぁあああああああっ」


 歩いていると、突然だれかが叫ぶ声が聞こえる。


 プレイヤーの俺なら役に立てることがあるかもしれない。


「ちょっと行ってみよう」

「「キュッ」」


 俺たちは声が聞こえたほうへと走る。


「だ、誰か、む、息子を助けてください!!」


 一人の女性が野次馬たちに訴えかける。


 でも、誰も助けようとはしない。そりゃそうだ。誰しも自分が可愛い。火事になった建物に飛び込むなんて危険すぎる。専門的な知識を持つ救急隊員ならまだしも、素人なんて自殺行為でしかない。


 しかも、家族じゃない赤の他人だ。そのために、自分の身を危険に晒すようなお人好しはいないだろう。


「ママーッ!!」


 アパートの火事で、三階の一室から小さな子供が叫んでいる。他の場所からは火の手が上がり、モクモクと黒い煙が上がっていて入れそうにない。


「な、なんだ?」

「ゲリラ豪雨!?」

「なんで建物だけに雨が降ってんだ!?」


 しかし、次の瞬間、バケツをひっくり返したかのような豪雨がアパートに降り注ぎ、火の手と煙が納まっていく。


 こんな奇跡ありえるんだな。


「あっ。あの人、ハッピーおじさんじゃない?」

「ホントだ!! あの狐見たことある!!」

「ワラビモチちゃんだわ!!」


 ぼんやりその様子を見ていると、急に俺に注目が集まる。


 げっ。やっぱり都会は嫌だなぁ。暮らしにくいったらありゃしない。


「さっきの雨もきっとハピおじが来てくれたから降ったんだぜ!!」

「流石ハピオジだぜ!!」

「まさか火事まで消してしまうなんて!!」


 そして、なんだか野次馬だけで盛り上がり始める。


 いや、俺は何もしてないんだが……。


「あっ、君待ちなさい!!」


 俺が困惑しているうちに、子供のお母さんがアパートの中に走っていく。他の人が制止しても聞く耳を持たない。


 わが子が死にかけているとなれば当然だよな。それはそうと、このまま見ているだけという訳にもいかない。


 俺たちも彼女の後を追う。プレイヤーなら火事の中でも活動できるはずだ。


「ハピおじが助けに行ったのなら助かったも同然だな」

「いや、もうここに来た時点で勝確だろ」

「確かに!!」


 緊迫した状況だと言うのに野次馬たちはすっかりお祭りムード。


 なんでだ?


 不思議に思いながらもアパート内に入ると、通り道には火も煙もない。これでもプレイヤー。一般人の女性にあっさりと追いつく。


「一般人が入るなんて危険ですよ」

「息子が心配で、心配で……」

「ここからは一緒に行きましょう」

「あ、ありがとうございます」


 一人で返すのも心配だし、煙も火もないので、彼女の案内の元、部屋に向かう。


 火事の熱でノブが熱い可能性があるので、女性のカギを借りて部屋のドアを開けた。


「ママッ!!」

「マサト!!」


 その瞬間、奥から子供が走ってきて女性に抱き着く。


 あれ? 逃げ場がなくて出られなかったと思ってたんだけど、どうやってこっちまで来たんだ?


 まぁ、助かったんだし、今はそんなことどうでもいいか。


「奥さん、すぐにここを離れましょう」

「あ、はい。分かりました」


 俺は一刻も早く、親子を危険な場所から遠ざけるため、入口へと急ぐ。ぐずる子供はマヒルとヨルに相手をさせることで気を逸らすことに成功。


 問題なく外に出ることができた。


「ふぅー!! やっぱり二人とも無事だったか!!」

「ハピおじなら当然だよね!!」

「消防車来る前に火事納まってるしなぁ」

「ありねぇよ、マジで!!」


 外に出た俺たちは、弛緩した雰囲気で出迎えられる。


「ありがとうございました。あなたのおかげで息子は救われました」

「いえいえ、私は何もしていませんよ。それでは私はこれで」

「あ、あの、お礼を」

「すみません、この後、用事がありまして。その言葉だけで十分ですよ。それでは」

「あ、ありがとうございました」


 俺を引き留めようとする女性だけど、俺は一緒にアパートに入って出てきたに過ぎない。お礼なんてもらえるようなことは何もしていない。


「ハピおじかっけー!!」

「マジで男だぜ」

「なんか食わず嫌いしてたけど、今日からファンになったわ」


 野次馬がなんだか盛り上がっているけど、これ以上注目を集めるのは嫌なので、そそくさと警察署へと向かった。

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