第051話 スキルの効果
「……さん……起きて……」
誰かの声が聞こえる気がする。それになんだか体が揺れている。
「おじさん、起きてよ、凄いよ?」
「んあ?」
ハッキリと聞こえてきた声に俺は目を覚ます。
どうやら俺は亜理紗に体を揺すられていたらしい。
「どうしたんだ……?」
意識がはっきりしないまま体を起こして目を擦りながら亜理紗に尋ねる。
「いいから、こっちにきて」
「お、おい、ちょっと待ってくれ」
しかし、亜理紗は俺を引っ張っていくことで返事に変えた。俺は訳の分からないまま亜理紗に引きずられていく。
外は、もうすぐ夜明けという時間帯で山際がかなり明るくなってきている。
「ねぇ、あれ見てよ!!」
「ん?」
亜理紗が立ち止まり、指を指す。俺はぼんやりしたままその方向に視線を動かした。
「これがスキルの効果か?」
「多分ね。でもゲーム内じゃこんなに劇的な効果はないはずなんだよねぇ」
その光景を見た俺は亜理紗に顔を向けるが、その顔は困惑している。
俺達がなぜそんなに困惑しているかと言えば、畑に植えたばかりの種が次の日には全て芽を出して、数センチ程度には成長しているからだ。
流石にこんなに早く成長しないことは素人の俺でも分かる。
「まぁでもそれしかないならそうとしか考えられないだろ」
「相変わらず規格外過ぎるよ……」
呆然と呟く亜理紗。
ヨルのスキルは思った以上に凄い効果があるらしい。これは良い意味で思わぬ誤算だ。
農業をする上で切って離せないのは自然災害だ。どれだけ用心したところで自然災害は防ぎようがない。突然の台風や大雨、地震などが起これば、畑に大きな被害を受けてしまう。
でも、収穫までの期間が短ければ短いほど、自然災害に遭う確率が減少する。
どれだけ早く収穫できるかは分からないが、この成長率を見る限りかなり早く収穫できそうだ。
仮に災害に遭ったとしてもアイテムボックスの中の備蓄で一カ月くらいどうにかできるはずだ。ヨルの力があれば畑をいち早く修繕して、すぐに次の作物を育てることも可能だろう。
農業は重労働だが、俺たちにはプレイヤー由来の身体能力や体力があるため、そこまで苦にはならない。もう一度育てるのくらいわけはない。
「これだけの効果があるなら今後の生活に安心できるからいいじゃないか」
「まぁそうなんだけどね。なんとなく納得いかないなぁ」
「そんなことよりも今日からまた学校だろ? 朝食は俺が準備しておくから亜理紗は学校の準備をしたらどうだ?」
少し不貞腐れたように言う亜理紗だが、今日は月曜日。亜理紗は高校生だ。学校に行かなければならない。そして、彼女は女の子。色々準備をする時間が必要があるだろう。
それに、街から離れた場所で生活を始めたので、学校までそれなりに時間が掛かるはずだ。亜理紗がこんなに早い時間に目を覚ましたのも通学時間を考えてのことだろう。
それならこれ以上スキルの話をしていては遅刻してしまう。
「そうだった。おじさん、また後でね」
「ああ」
亜理紗は俺の言葉にハッとして自分のテントに入っていき、荷物を持って温泉に向かった。
そういえば、ここは朝から温泉に入れるんだな……最高かよ。亜理紗を見送った後、必ず入ることにしよう。
俺は亜理紗が温泉に入っている間に朝食を作る。
「キュンッ」
「キュ」
「ピッ」
「ピピッ」
暫くすると、匂いを嗅ぎつけたマヒルたちが目を覚まし、テントの外に顔を出して、真っ先に俺の足元にやってきて体を擦り付ける。
くっ……朝から可愛い子達だ……。
「今は料理してるから危ないからな」
可愛すぎて心を鷲掴みにされるが、心を鬼にして彼女たちを離れさせる。
「あ、美味しそう」
「普通だろ」
料理が準備できたところで亜理紗が制服姿で戻って来た。久しぶりに亜理紗の制服姿を見て、彼女が女子高生なんだなと実感する。
探索者としての姿ばかり見ているから少し違和感を覚えるくらいだ。
「それじゃあ、行ってくるね」
「はいこれ、忘れ物だ」
「ん? お弁当?」
朝食を食べ終えた亜理紗がスクールバッグを担いで立ち上がる。俺が作っておいた弁当を渡すと、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「ああ。簡単なもので悪いが、作っておいた。もしかしていらなかったか?」
「ううん、いる。いるに決まってるよ!!」
俺が心配して尋ねると、亜理紗は目をキラキラさせて俺に詰め寄ってくる。
どうやら本心らしい。
「はははっ。それならよかった。それじゃあ、持って行ってくれ」
「うん、おじさん、本当にありがとう!!」
彼女は弁当を受け取ると、本当に嬉しそうに眼を細めた。
この笑顔、プレイスレス。
弁当を作って良かった。俺はそう思った。
「気にすんな。今の俺は自由だからな。それじゃあ、いってらっしゃい。気を付けてな」
「うん、行ってきます。おじさんも私がいない間に変なことしないでね」
「しねぇよ!!」
こうして亜理紗は学校へと旅立っていった。
「よーし、温泉入るぞ!!」
その直後、俺は朝風呂というか朝温泉を満喫した。
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