おじさんはリアルでも奇跡を起こす

第022話 癒され生活の幕開け

 明くる日。


「んあ……?」


 俺は目を覚ます。視界には真新しい天井が写った。


 そういえば、俺は新しい家に移ったんだったな。ずっと子供の頃から住んでいた家じゃないのには、まだまだ慣れない。


「キュ~……」

「キュ……」

「ピ……」


 傍から俺以外の寝息が聞こえる。


「そうだよな。夢じゃないんだよな……」


 見回すと、複数の尻尾を持つ白と黒の子狐と、青白い楕円形の餅みたいな生物が眠っていた。


 あぁ……丸まって寝ている姿を見るだけで心が癒される。


 俺は起こさないように皆を軽く撫でた。


「外はすっかり夜が明けているな。今何時だ?」


 カーテンの隙間から入り込む日差しを見て察して、俺はスマホの時計を見る。


「え……もう九時!? 随分と寝たなぁ。本当にプレイヤーになれてよかった。そうじゃなかったら、普通に遅刻だ」


 以前の職場は終電まで働いて十二時過ぎて家に帰ることが多かった。会社に泊るなんてこともしばしばだ。そして朝は五時起き。帰ってから色々済ませると、毎日四時間も寝れなかった。


 それが、プレイヤーになったら、毎月国からお金も貰えるし、この家も無償で与えられている。特に大きな縛りもないので、どの程度モンスターを倒すかも個人の裁量次第だ。いつ起きていつ仕事をするのかも自分で決められる。


 非常に素晴らしい仕事だ。


 社長にはあの時クビにしてくれたことを感謝してもいいくらいだな。そうじゃなければ今の暮らしはなかった。


 勿論本当にそんなことをするわけはないが。


「ピュィッ……」

「キュ……」

「ピッ」


 そんな風に考えていると、マヒルとヨル、ワラビモチがもぞもぞと動き出した。マヒルとヨルが目を開く。


「お、起きたか。おはよう。マヒル、ヨル、ワラビモチ」

「キュンッ」

「キュ」

「ピピッ」


 皆に声を掛けたら、全員、俺に頭を擦り付けてきた。ワラビモチは頭と言っていいのかは分からないがな。


「あはははっ。くすぐったいって」


 俺は体を起こして皆を撫でてやる。


 ――グゥ~


 その時、俺の腹の音が鳴った。


「さて、朝ご飯にしようか」


 昨日はマヒルたちを召喚した後に軽食を食べたきりで、その後は色々あってすっかり忘れてしまった。


 俺はダイニングキッチンに移動して、適当に買っておいた食材を使って朝食を作ることにする。


 そういえば、召喚獣や従魔は何も食べなくていいと聞いていたが、食べることはきるのだろうか。


「お前たちはご飯を食べられるのか?」

「キュンッ」

「そうか。それなら食べてみるか?」

「キュンキュンッ」


 聞いてみると、マヒルが代表して答えてくれた。


 それによると、俺が送っている魔力があれば別に食べなくてもいいらしい。でも、食べることはできるし、味や満腹感も感じるとのこと。それに食べられない物もないようだ。


 それなら一緒に食べてくれた方が俺も嬉しい。


 俺の提案に彼らは嬉しそうに鳴いて、また俺に体を摺り寄せる。


 もう本当に可愛くて仕方ない。


「ほらほら、料理ができないからな。少し待っていてくれ」


 しかし、このままでは身動きが取れない。名残惜しいが、彼らをダイニングにあるテーブルの上に載せて俺は簡単な朝食を作り始めた。


「よし、いただきます」

「キュンッ」

「キュッ」

「ピッ」


 作ったのはサラダに、レトルトのスープ。そして、フレンチトーストだ。マヒルたちの分は少し小さめにカットしている。切れていないと食べるのが大変そうだからな。


 早速皆で食べる。


「あぁ~、美味いな」


 久しぶりの家で時間も気にせずにゆっくり食べる食事。五臓六腑に染みわたるとはこのことか。


 マヒルたちの様子を窺うと、彼らも美味しそうに夢中になって食べている。


 簡単な料理ではあるが、気に入ってもらえたようで嬉しい。


 思えば、最近こんなに誰かに喜んでもらえたことがあっただろうか。いや、全くなかった。毎日朝から晩まで働く毎日。たまの休みは寝て過ごすだけ。誰かに何かをする時間なんてあろうはずもなかった。


「キュゥ……」

「キュ……」

「ピピ……」


 マヒルたちをぼんやり見ていたら、いつの間にか彼らの前にあった料理はなくなっていた。


 それをしょんぼりとした表情―ワラビモチは雰囲気―で見つめている。


 どうやらもっと食べたかったようだ。


「おかわりはいるか?」

「キュンッ!!」

「キュ……!!」

「ピピピッ!!」


 俺はほんわかした気持ちになって問いかけると、彼らは顔を上げて目を輝かせながら俺の顔を見つめた。


「ははははっ。少し待ってろ。作ってやるからな」


 その反応がまた微笑ましくて、俺は自分のことなどそっちのけでおかわりをつくってやるのだった。

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