第5話 もげてしまえばいいのに
いきなり団長に殴られてヴァルは混乱した。
「だ、団長?」
「貴様はクビだ!ここにお前の履歴書がある。お前の妻はエルシー夫人だろうが!」
「いいえ、私の妻はロージーです。娘のシャリーも生まれて・・・」
「じゃぁ、ここに書いてあるエルシーって誰なんだ?」
「それは私の義父のケーシーの身内です。履歴書が間違っているんです」
「どうなってるんだ? 本当にこれが間違っているのか」
団長と副団長は顔を見合わせた。
「エルシーがオリバーに襲われたのですか? どうして王都に」
「お前が家に戻らないから心配してこっちに来たそうだぞ」
「お願いします ・・・侯爵家に行かせて下さい」
「ダメだ!履歴書も然り、オリバー伯爵令息もエルシーさんがお前の妻だと言ってるんだぞ。お前の立場をはっきりさせてからだ。もう一度聞くぞ。ヴァル・ケント子爵、お前の奥方は誰なんだ!」
「ロージーです!」
「婚姻証明書を持って来い」
「ありません。まだ式は挙げていません。籍もまだです」
団長はダ────ン!と机を殴りつけた。
「お前、妻帯者手当て貰ってるんだぞ、詐欺で逮捕されたいか!」
「ケント子爵」
副団長のエイダンが割り込む。
「妻帯者手当の請求に婚姻証明書の提示があったはずです。貴方まさかエルシー夫人に内緒で離婚したんじゃないでしょうね」
「ち、違います!」
「いいか、婚姻証明書を持って来い。無ければ逮捕だ。浮気してたらクビだ!持って来るまでは停職処分とする。速やかに行動しろ!」
団長はどっちみちクビだと言っている。ヴァルは頭を抱えた。
(そうだ、エルシーは大丈夫だろうか)
ヴァルはエルシーが再びオリバーに傷つけられたことを不憫に思った。
まさか王都まで訪ねて来るなんて思いもしなかった。
ホワイト侯爵家で世話になっているなら一応安心だろう。
夫人は副団長の母上で人徳のある方と評判だ。
王宮を出たヴァルは馬を走らせてホワイト侯爵家に向かっていたが、急に馬を止めると「うん?次の予定は、婚姻証明書だったな」と方向を変えた。
訳が分からないが、村に戻って婚姻証明書とやらを探さなければならない。
住宅街まで来ると、通いで手伝いを頼んでいるアン婦人に「村に用事で戻るが直ぐに戻る」と告げ、ロージーに伝えるよう頼んで王都を出た。
ヴァルが直接ロージーに話すと帰らないでと泣いて喚くので言えない。
────今は職を失う危機だ。
夕刻には雨が降り出し、村に到着すると屋敷に駆け込んだ。
「旦那様お帰りなさい。お一人ですか?」
使用人のポールが出迎えた。
ヴァルは足を止めずに自室に向かう。
「ああ、エルシーがオリバーに襲われて怪我したようだ。何故止めなかったんだ」
「すみません、旦那様を心配なさいまして。レノも同伴するなら大丈夫かと思いまして」
「レノも一緒だったのか」
「会ってないのですか?しかしどうしてオリバーがエルシー様が王都に向かったと知っていたのでしょうね?」
「村の中にオリバーの手下になった奴がいるんだな。ケーシーの世話になったくせに恩知らずめ」
「レノは守れなかったんですね。すみません」
「まだ子どもだ、仕方ない」
自室の扉をバタン!と開けて入ると机の引き出しを開けた。
大きな封筒があって中には騎士団に入った時の誓約書や諸々の書類が入っていた。
「あったこれだ・・・」
婚姻証明書が見つかった、妻のサインはエルシーのものだった。
夫のサインは汚い自分の字だ。
(サインした記憶は無い。ケーシーが筆跡を真似て勝手にエルシーとの婚姻届けを出したのだろうか?)
過去を思い出そうとするとシャリーの泣き声が頭の中に響いた。
(そうだ、過去なんてどうでもいい。妻子を幸せにしてやらなければ)
婚姻証明書を封筒に入れて、ポールが用意した湯で冷えた体を温め、服を着替えた。
夕飯の支度が整ったとマーサに言われて食堂に向かった。
「旦那様、エルシー様はご無事なんですよね」
「ああ。レノと共にホワイト侯爵家に預かって貰っている」
「オリバーはどこまでエルシー様を苦しめるのか、もげてしまえばいいのに」
それには男二人も同感だった。
夕飯を終えるとヴァルはポールとマーサに宣言した。
「二人に言っておくことがある。俺はエルシーと離婚してロージーという女性と結婚する」
「ええ!」「なんですって!」
「赤子もいるんだ。籍を入れなければならない」
「こ、こ、この裏切り者!あんたももげてしまえ!!」
マーサはヴァルに飛び掛かって首を絞め、慌ててポールがマーサの腕を掴む。
「やめるんだマーサー!」
「エルシーはあんたと本当の夫婦になろうと思って待ってたのに!こん畜生がぁ!」
「離せ!エルシーは俺を・・嫌ってる、夫婦になど・・・なれない」
「だからって赤子ってなんだい。酷いじゃないかぁ!」
「マーサー!!」
ポールは怒り狂うマーサを力ずくで引き離し、担いで部屋を出た。
マーサはエルシーの母親のようなものだ、怒るのも当然だった。
自室に戻って窓の外を見ると土砂降で雷が鳴っている。
「仕方ない、早朝に帰るか」
エルシーには会えていないが、怪我の具合は大丈夫だろうか。
ロージーは怒っているだろうか。癇癪を起こして無いことを祈った。
今は何より赤子のシャリーがちゃんと世話して貰えているか心配だった。
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