第46話 再会と邪竜との戦い(1)

 多重断層結界を抜けた僕は、今いる大樹海の全域に薄く広く魔力による探知を掛ける。

 探知に掛かるのは、動物に魔物に人、そして大樹海の奥に一際大きいものが一つ、それよりも小さいものが五つ、さらには細かい点が幾つも。

 この一際大きいものが邪竜だとすると、この邪竜の傍にいる少し小さめのものは何だ?

 もしもルーナが言っていた通り、邪竜がつがいとなる雌を欲しているとしたら、五匹もの雌を得ていることになる。

 そして、考えたくはないが、この五匹全てが邪竜の呪いによって人が変異したものだとすると、一体どれほどの人達に呪いを掛けたのか。

 細かい点は多分邪竜の卵か何かだろうか。

 どうにも頭が痛くなる状況だ。

 最初の想定では、邪竜は一匹のみ。

 それが探知を掛けてみれば、本体を含めて六匹に増えている。

 しかも、五匹は卵と思われるものを多数抱えているようにみえる。

 どうやって戦えば勝てるのか、全く想像がつかない。

 だが、引き返す訳にはいかない。

 シルフィーを一生多重断層結界の中に閉じ込めておくわけにもいかないのだから、それにもし上手く呪いを解くことが出来れば彼女達も……。。

 重くなる足を引き摺りながら、取り敢えず状況を確認しないことには作戦も立てられないので、大樹海最深部へと僕は向かって走りだした。


 どんなに足取りが重くとも、それは僕自身の感覚であり基礎レベルが高いこと、ステイタスが化け物じみていることを考えれは、不眠不休で四日もあれば、大樹海最深部、邪竜の群れがいると思われる地点の近くまで到達してしまう。

 今のところ、全く疲れてもいない。

 邪竜に見付からない位置で休息を取りながら軽い軽食を摂る。

 ここからは、気配を隠しながらの接近になる。

 そして、邪竜の群れを偵察して、どう邪竜を倒すか考えなければならない。

 一人対邪竜六匹という戦いは避けたい。

 出来れば一匹づつ誘き出せればいいのだが、雌の動きが予測つかない。

 取り敢えず、気配を消し邪竜の群れがいると思われる地へと足を踏み入れる。

 それは大きな岩山に作られた横穴の中にあった。

 目的の邪竜は、洞窟の一番奥に鎮座し、その周りを五匹の雌と思われる邪竜が取り囲むようにいる。

 それぞれに部屋が用意されているようで、雄の部屋が真正面にあり一番大きい。

 しかも、かなりの金銀財宝を貯めこんでいるのか、部屋から広間にあふれ出している。

 中央に大きな広間があり雄の部屋の左右に横穴が左右に三つずつあり、左側の一番外側の横穴には雌の邪竜はいない。

 良く見るとやはり五匹の雌の邪竜の腹の下には卵が幾つもある。

 予想していた中で最も最悪の状況だ。

 これでは確実に六匹の邪竜を相手に戦うことになりそうだ。

 出来れば相手のステイタスも確認したいところだけど、迂闊にするとこちらの存在がばれてしまう。

 ルーナさんによれば、相手のステイタスを確認するということは、自身の魔力を使って相手の情報を得ることであるのだが、自分とは違う魔力に全身を曝されるというのは物凄く不快感が伴う。

 しかも、此方の基礎レベルが高ければ威圧感を伴い。逆に基礎レベルが低ければ情報を得られないばかりか、自分の位置情報を相手に晒してしまうことに繋がる。

 慎重に慎重を重ね、雄の邪竜のの大きさや部屋の奥行などを調べていく。

 「えっ!?」

 邪竜が蹲る顔の前に誰かが横たわっているのに気が付く。

 意識が無いのか、ピクリとも動かない。

 目を凝らし、良く見てみるとそれは驚愕に変わる。

 「リリア?リリアなのか?でも何故こんなところに……」

 リリアは今『禊』のために領都の教会に入るはず。

 こんなところにいるはずがない。

 頭ではそう否定するものの、現実として邪竜の前にリリアが横たわっている。

 領都を邪竜が襲ったのか?

 いや、あそこには高レベルの冒険者達が大勢いたはずだ。

 大きな被害は出るかもしれないが、撃退できるはずだ……。

 にも拘らず、リリアが攫われた。

 そんな強い邪竜に僕は一体どうしたら良いのか判らなくなってきたとき、頭の中に以前シルフィーに言われた言葉が浮ぶ。

 『力が無いから彼女の事を見捨てたのよ!それを自覚しなさいよ!』

 その言葉にハッとなる。

 今、僕は何をしようとした?

 領都を襲い、リリアを攫った邪竜。

 そんな強い邪竜の目の前に横たわっているリリアが居て、僕は逃げ出そうとしたのか?

 リリアを助けようともせず?

 そのことに気が付いた瞬間、僕の感情は自分に対する怒りで真っ白になる。

 まったく僕ってやつは、どうしようもなく度し難い弱い人間だ。

 ここに来たのはシルフィーの呪いを解くためだろう!

 逃げ出したら、シルフィーを助けることなんかできない。

 そこに偶然にもリリアが居た。

 今度こそ、リリアを助けるんだ。

 相手が強かろうと、やることに変わりはない。

 シルフィーの呪いを解く。

 そして、リリアを助ける。

 目的が一つから二つに増えただけだ。

 そして、やることは邪竜を倒すこと、ただそれだけだ。

 心が決まり、再び邪竜に視線を向けると、邪竜が何やら呪文を唱え始める。

 横たわるリリアと邪竜の中間に黒く禍々しい球体が生じる。

 まさか、あれが魔力呪術なのか?

 あれが、リリアの身体に埋め込まれたら……。

 そう思った瞬間、僕はルーナから預かった神剣を腰のさやから抜くとステイタスに任せて一気に邪竜とリリアの間に入り込み、黒く禍々しい球体を切り裂いた。

 切り裂かれた黒く禍々しい球体が、膨張し急激に膨れ上がる。

 大きさに反比例して圧縮されている魔力の量が数百倍も多い。

 それが神剣で切り裂かれたため、一気に膨張し魔力爆発を起こす。

 僕はリリアを庇うよう自分の身体の陰に抱き込み、切り裂かれた黒く禍々しい球体とリリアと僕の間に、爆発の熱や衝撃を少しでも多く邪竜に反射するように反射障壁を五重に張る。

 全身に力を入れ身構えると、すぐに熱と衝撃が襲い掛かってくる。

 五重に張る反射障壁が、一枚、また一枚と破られていく。

 きちんと反射はしているようなのだが、爆発の勢いが僕の考えていた以上に棲ざまじい。

 そして、魔力爆発が収まると辛うじて最後の反射障壁だけが残っている状態だった。

 爆発の煙が収まる前に脱出しようとリリアを抱え上げる。

 ここからはステイタス任せにいく訳にもいかない。

 そんなことをしたら、リリアの身体が持たないからだ。

 両足に力を入れ、駆け出そうとした瞬間、煙の向こうから邪竜が顔を覗かせてきた。

 邪竜の眼には、リリアを抱き抱え、今にも駆け出そうとする僕の姿が映し出される。

 邪竜は獲物を奪われまいと、右前足を振り上げ爪を僕の背中に叩き付けようとする。

 僕は、その瞬間を狙って両足から大量の魔力を邪竜のいる巣穴の床、壁、天井に流し込み、呪文を唱える。

 『アーススパイク!』

 巣穴のあらゆる面から何十本もの大きな岩の棘が邪竜に襲い掛かる。

 その隙に邪竜から距離をとるために走る。

 後ろからは、邪竜の苦痛に満ちた叫び声が聞こえてくるが、今は構っていられない。

 兎に角、邪竜の巣から少しでも距離をとらないと追い付かれる。

 何とか巣の入り口付近までたどり着き、後ろを振り返ると邪竜の身体が白く輝いている。

 こいつ、回復魔法まで使えるのか!?

 しかも、全身の傷があっという間に全快していく。

 回復魔法の中でも上位スキルといわれる『快癒』じゃないのか?

 まずいと思った僕は、巣穴に向けて最上級の爆裂炎熱系魔法『核爆烈』を続けて三発放つ。

 もう周りがどうなるとか、考えている暇なんてなかった。

 『核爆裂』三発が、邪竜の巣穴の中で立て続けに炸裂する。

 その衝撃で岩山に亀裂が入り、一瞬山体が膨れ上がったように見えた。

 そして巣穴の外にまで大きな揺れを生じさせる。

 用心のため『探知』を掛ける。

 邪竜の数が減っていない!?

 周りにあった無数の反応は消えている。

 しかし、相変わらず六頭の反応がある。

 リリアを抱えながらどうやって戦うか僕は途方にくれながら、巣穴から姿を現す邪竜を見上げることしかできなかった……。

 

 

 


 






  

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