第44話 教会への疑念(改稿第二版)

 エルトラン魔法王国宰相閣下との面会がやっと終わり、ミリラリアが邸宅に帰ってきたのは、夜も更けた深夜だった。

 宰相閣下と面会して本当に良かった。

 これで、私がノースハイランド王国・ノルトラン領で起こったダンジョン消滅から始まる一連の事件に関わっていないという安全を確保することが出来た。

 それは良かったのだが、より面倒事に足を踏み入れざるを得なくなってしまった。

 馬車から降りると、すぐさま家令が出迎える。

 「おかえりなさいませ」

 そう挨拶する家令に疲れ切った顔を向け、取り敢えず空腹を満たすことを優先する。

 「ごめんなさい、遅くなったわ。何か軽く食べられるものあるかしら?」

 「すぐご用意いたします」

 「ありがとう、着替えたら執務室にいるから、そっちに持ってきて」

 「わかりました」

 そう言って家令とは玄関で別れた。

 一端寝室に行き、ゆったりとした部屋着に着替え執務室に向かう。

 執務室にに着くと今日王宮で宰相と話した内容を反芻しながら思考の海に沈む。

 宰相との話の中で、宰相が一番気にしていたのは教会の最重要人物として保護対象になった回復術師の少女の事だった。

 詳しくはあまり話してくれなかったが、アルテナ教会の教皇が代替わりしてすでに二十年近く経つが、新たに教皇の席に座った男は大層な美少女好きで好色家だという噂が教皇になる前からちらほらと囁かれていた。

 その噂が信憑性を帯びたのは、この教皇がトップに立ってからアルテナ教会総本山が大陸各地から集めたとされる聖女の数がこの二十年で千人を超えているという事実がある。

 それまでの聖女の数は年に数人が選ばれ、総本山に迎え入れられていたと言われていることを考えれば、ほぼ十倍以上になっている。

 しかも、それまではとても優秀で才能豊かな回復術師の少女が聖女に選ばれていたのだが、ここ二十年は、見目麗しく誰の眼から見ても美しいとされる回復術師の少女ばかりが選ばれている。

 その反面、総本山に集められた聖女達は数年のうちに行方が分からなくなるのだ。

 女性に限った話ではないが、ただでさえ回復術師になれる者は少ない。

 それを少女達だけとはいえ、年によって変動はあるものの二十人から六十人という人数が総本山に聖女として囲い込まれてしまう。

 そうなれば、各地のダンジョン攻略が進まなくなる事態が起こり、近年に至ってはそれが原因でモンスターの氾濫が起こるようにもなってきている。

 そして、各国が看過しえないのがここ五年の教会聖騎士団の急速な増員だ。

 聖女が教会総本山に集められるようになり、十五年の歳月が過ぎたころから教会聖騎士団に男女問わず入団するものが増えてきたのだ。

 最初は10人、次の年は18人、三年目にして30人を超えた。

 その数は未だに増え続け、分かっている範囲でも教会製騎士団は主力の聖騎士だけでも一千人を超え、それ以外の者を含めると総数六千人に上る一大戦力となっている。

 15歳で教会聖騎士団に入団していること、教会総本山に集められている聖女の数から考えて、教会騎士が聖女が生んだ子供たちではないかと疑われている。

 では、父親は誰なのか?

 教皇の住む教会総本山に大きな教皇宮の建造が始まったのが二十五年前、そして新教皇が就任したのが二十年前であり、同じく教皇宮が完成したのが二十年前と考えれば、誰でも疑いの眼を向ける。

 しかし、教会は頑なに噂を否定し続けている、一方裏では誘拐同然に聖女を集めて続けてもいる。

 各国としても、真相を探っているが芳しくなく、迂闊に真相に辿り付こうとすればアルテナ教会から反発されるだけでなく、アルテナ教会の敵と認定されてしまう。

 アルテナ教会から敵と認定されれば、各国国内の教会が担っている病人治療や怪我人治療、災害時の救護活動や炊き出しなどが行われなくなる所か、下手をすれば教会聖騎士団による懲罰ということもあり得る。

そのため、秘密裏に調査するしかなく時間だけが過ぎているというのが実態だった。

 そんな中で、起きたのが今回の事件だ。

 宰相としては、他国の事だが教会総本山から最重要人物として保護対象になった少女に近づき、教会が、教皇が、聖女達を集めて何をしているのか、何を企んでいるのかを探りたいとのことだった。

 そのため、今回のミリラリアの面会申し込みは、宰相側にとっては渡りに船と言ってもよかった。

 自身の身の安全を図るつもりが、とんでもないことに足を突っ込んでしまったという思いがミリラリアにはある。

 しかし、ここで宰相に恩を売っておけば、後々優遇されるのは間違いないだろう。

 そこまで考えていると、扉がノックされ家令がワゴンを押して軽食を持ってきた。

 美味しそうな匂いが、ミリラリアの鼻をくすぐると、お腹が盛大に鳴る。

 「わざわざ温かい食事を持ってきてくれたの?ありがとう」

 「いえいえ、ところで宰相閣下との面会はいかがでしたか?」

 紅茶を入れながら、家令が訪ねてくる。

 「一応、共犯者とは見られなくなったから、その点は安心かしらね。だた、宰相閣下から件の少女に近づき、教会を探ってほしいそうよ」

 「それはまた……」

 「ここ数年、噂になっている教会の聖騎士団の増員と聖女の件よ。そのために宰相閣下の部下を何人か付けてくださるとともに、宰相閣下から各国の関係部署に書簡を送るから各国の諜報員たちとも連携して事に当たってくれだそうよ」

 「それは……。かなり危険なことでは?」

 「そうなのよ。でも、宰相閣下ははっきりとは言ってなかったけど、国の方でもお手上げ状態みたい。それに、回復術師が少なくなってモンスターの氾濫も多くなりつつあるから、早く解決したいみたいよ。でなきゃ、引退した冒険者まで引っ張りだそうとしないでしょ。というわけだから、一週間後には出発するわ。準備の方お願いできる?」

 「お任せください」

 一週間後、ミリラリアは宰相が付けてくれた護衛の女性一人と共にノースハイランド王国ノルトラン領へと旅立っていった。

 その道中で、従属神ルーナによって二十八歳も若返り二十歳のイケメン青年になった元領主メルフィスと元司祭長と元広域冒険者ギルドマスターの三人と二十数年振りの再会を果たすことになるのだが、彼女もまた領都にて待ち受ける嵐を知る由もなく、巻き込まれるのである。


 一方、エルトラン魔法王国の宰相は、王宮にある執務室の窓から王都の街並みを眺めながら考える。

 一番疑われにくい元冒険者ミリラリアを教会の近くに送り込めた。

 あとは件の少女と上手くコンタクトを取れれば申し分ない。

 ここ十五年、エルトラン魔法王国においても数多くの回復術師が教会総本山に連れて行かれ、消息不明になっている。

 その中には、自分の孫娘や、現国王陛下の妹君、その他多くの貴族たちの令嬢達が含まれている。

 市井においてはもっと多くいることだろう。

 魔法王国においては魔法が使えるものが多く生まれる。

 そのため他国と比べると、回復術師になれる者も多い。

 だが、連れ去られたものが余りにも多い。

 多すぎる。

 他国においても似たような状況だ。

 もし、真相に迫り、それが看過しえないものであるならば……。

 アルテナ教会総本山に対して、聖女奪還を名目に周辺国共同での宣戦布告もあり得る。

 大規模な軍事行動。

 血みどろの戦いが待っているだろう。

 だが、すでに我慢の限界は遥かに超えている。

 戦になるならば、これはいったいどんな意味を持つのだろうか。

 三女神からの独立か、それとも教会もやはり人間の作った組織だということなのか……。

 この疑問に答えられるものは、誰もいなかった。

 


改稿第三版 誤字脱字の修正・文章の追加

      最後の宰相の部分追加


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