第34話 化け物(改稿第2版)

 シルフィーの様子がここ一月程おかしい。

 心ここにあらずといった感じで、ぼうっとしている時間が多かった。

 ことの始まりは、シルフィーが食事中に突然吐き気を訴えた時からだ。

 僕は何かの病気か、食事に当たったんじゃないかと心配するばかりだった。

 街に行くと一人で何処かへ行ってしまったり、いつも一緒に寝ていたテントを突然別々にしたり、訓練中も余り身体を動かさなくなった。

 でも、シルフィーは何も話してくれない。

 心配で話し掛けても、はぐらかされてばかりで埒が明かない。

 そこで、僕はシルフィーに悪いと思いながらも『鑑定』スキルを彼女に気が付かれないように掛けることにした。

 本当なら、きちんと話し合った方が良いのだろうけど、彼女に話す気がない以上『鑑定』スキルに頼らざるを得ない。

 しかしながら、シルフィーは『鑑定』スキル対策をしているのか、思ったほど成果は上がらない。

 でも、スキルを使い続ければ、ジョブ経験値やスキル経験値が上がる。

 スキルを使用していることにシルフィーは気が付かなくなってくる。

 そして、徐々にだがシルフィーの状況が明らかになる。

 でも、肝心なことが分からない。

 それでも、僕はスキルを使い続ける。

 シルフィーが見るからにかなり疲弊しているので、彼女が好きだと言った料理を作って振る舞う。

 うん、シルフィーは喜んでくれたみたいだ。

 暫らく何気ない会話を交わしていると、久しぶりにお腹いっぱい食べたからだろうシルフィーがウトウトし始める。

 僕はいつもの様に『鑑定』スキルをシルフィーに使う。

 シルフィーのステイタスが目の前に表示される。

 いつもと違うのは、シルフィーの全てのステイタスが僕の目の前に表示されている点だ。

 多分だけど、シルフィーの気が緩んでいたことと僕の『鑑定』スキルのレベルが上がったことが原因だろう。

 そして、シルフィーが僕に隠していたことが明らかになる。

 状態:邪竜の呪い(進行度6) 発情(進行度6) 妊娠4ヵ月(相手:クロード) 睡眠不足(レベル7) 衰弱(レベル7) 貧血(レベル7)

 邪竜の呪い(進行度6)!?、妊娠4ヵ月(相手:クロード)!?

 確か進行度0が安全な状態を表していて、進行度10が最悪な状態を表していたはず・・・…。

 状態異常のレベル表示にしてもレベル0だと正常なので表示されないが、レベル10

だと瀕死の状態を表しているといっていい。

 状態異常がどれもレベル7だって!

 邪竜の呪いが思ってもいない以上に進行している!

 それに、妊娠4ヵ月で、僕の子供!?

 シルフィーは自分の状態に気が付いているのか?

 僕は驚きに、つい声を上げてしまう。

 「フィー、妊娠してるじゃないか!それに邪竜の呪いも進行して……」

 「あははは、ばれちゃったかぁ~。私ともあろうものが失敗失敗」

 おちゃらけて、誤魔化そうとするシルフィーに、僕は真剣な顔で訊ねた。

 「お腹の子は、僕の?」

 「違う!貴方の子供じゃない!絶対に違うんだから!」

 両腕でお腹を抱えながら、シルフィーは必死に否定する。

 「でも……」

 「自惚れないでよ!誰がアンタの子供なんか孕むもんですか!この間街に行った時、たまたま寝た良い男の子供よ!アンタと寝るのに飽きたから、ここでサヨナラするわ。じゃあね、クロード」

 支離滅裂で説得力の無い台詞を言っているシルフィーは、テントに戻り、最低限荷造りしていた背嚢を肩にかけ、宿営地を早歩きで離れる。

 僕は、彼女の言葉が嘘であるのを理解している。

 僕の『鑑定』スキルでシルフィーの状態は明らかだ。

 にも拘らず、シルフィーがどうして嘘をつくのか理解できない。

 どうして……。

 確かシルフィーは、不妊魔法を教会で施してもらってるって……。

 もしかして、これも基礎レベル7200の影響なのか?

 茫然としている自分を置いて、シルフィーは宿営地を離れていく。

 500メートル離れたところで、どうやらシルフィーは立ち止まったようだ。

 今の僕の索敵範囲は優に半径一キロを超えている。

 その他にもシルフィーと冒険者として訓練を受けていて、気が付いたことがある。

 僕の今のジョブは剣士でジョブレベルは35に達している。

 その他にも、戦士、魔術師、回復術師、商人、拳闘士、錬金術師、薬師など必要とされるスキルを取るためにジョブを何度も変更している。

 当然、ジョブレベルが上がれば、ジョブ補正というものがステイタスには付く。

 剣士としてジョブレベル35になれば、『力』や『素早さ』、『体力』などに補正が入る。

 でも、僕が感じたのは、実際のジョブ補正よりももっと多くの補正が掛かっているのではないかということをシルフィーと模擬戦闘を繰り返しているうちに気が付いた。

 ジョブ補正込みで『力』や『素早さ』がシルフィーとほぼ同等か、劣っているのにも拘らず、シルフィーを圧倒してしまうことがあった。

 疑問に思った僕は、もしかしてと思い、剣士、戦士、魔術師、回復術師、商人、拳闘士、錬金術師、薬師のジョブ補正を単純に合計してみたところ、すでにシルフィーの1.5倍のステイタスになっていた。

 僕のステイタスは、ジョブを変更しても前のジョブの補正が消えないのだ。

 しかも消えない補正は、鑑定スキルでもステイタス表示でも表示されない。

 だから気が付かなかった。

 シルフィーや他の人は、ジョブを変更すると前のジョブで得たジョブ補正はリセットされるのにも関わらずにだ。

 それに気が付いてから、僕はシルフィーとの模擬戦闘で全力を出せなくなった。

 全力で力を振るったら、シルフィーを殺してしまう。

 それは考えるのも恐ろしい事実として僕に圧し掛かってくる。

 これで、もし基礎レベル7200の全てのステイタスポイントを振ったりしたら、僕はきっと人間でなくなってしまう。

 リリアともシルフィーとも一緒に居られない、僕はきっとただの化け物になってしまうから……。

 それにしても、気を許した相手に去られるっていうのは結構くるものがある。

 困惑、悲しみ、寂しさ・・・・・・、あの時のリリアも感じたものなのかな。

 暫らく、茫然と考え事をしていると宿営地の雰囲気が変わってくる。

 そして、神聖な気配に満たされると、一人の幼い姿の少女が僕の前に現れる。

  「初めまして、私は創成の三女神の従属神ウリエル。クロード様、貴方にお伝えしたいことがあって降臨いしました。此度貴方が次の勇者に選ばれました。どうか、勇者としてその力を世界のために「だめぇぇぇぇぇぇ」」

 シルフィーが、三女神の従属神ウリエルと名乗った女の子と僕の間に剣を抜いて割って入ってくる。

 「クロード君は、絶対に勇者なんかにさせない」

  ウリエルは、シルフィーの発言に目を細め、にやにやと笑う。

 物凄く邪悪な笑みに、嫌な予感が頭をよぎる。

 「ふ~ん、あんたさぁ、邪竜の呪いに掛かってるくせに子供孕んでるんだぁ。凄いねぇ~。相手は……、あはははは、そこの男の子供かぁ~。これはこれで面白いねぇ~。でもさ、あんた邪魔」

 こいつ、僕と同じかそれ以上の『鑑定』スキル持ちだ!

 ウリエルが、右腕を無造作に払うとシルフィーの身体が右に吹き飛ばされ、地面を転がる。

 「フィー!」

 起き上がろうとするシルフィーにウリエルが近づいてきて、お腹を蹴ろうとする。

 相手の意図は明らかだった。

 シルフィーのお腹の赤ん坊を狙ってる!

 シルフィーは両腕でお腹を押さえて身体を丸めて、ウリエルの蹴りが直接お腹に当たらないように防御する。

 「やめろ!」

 僕は急いでシルフィーのお腹を蹴っているウリエルの後ろから斬りかかるが、ウリエルの足元にはシルフィーがいる。

 全力で剣を振り切ってしまったら、衝撃波だけでもシルフィーに、シルフィーのお腹にいる赤ん坊に致命的なダメージを与えてしまうかもしれない。

 そう考えてしまい、全力で切り付けられない。

 その結果、斬りつけた剣はウリエルの服の手前で何かの壁のような物に防がれて傷つけることさえできない。

 「後ろから斬りつけるなんて、酷いなぁ。そういう君にはお仕置きが必要だよねぇ~」

 ウリエルが手をかざすと暴風が生まれ、僕を吹き飛ばす。

 そしてそのまま風の力で地面に押し付けられてしまう。

 「そこでじっくり見ているがいいよ。この女のはらわたから、君とこの女の子供を引きづり出してあげる」

 「や、やめろ!」

 「い、いや、やめて!」

 「う~ん、いいねぇ、その悲鳴」

 シルフィーは立ち上がって逃げようとするけど、ウリエルは簡単に彼女を捕まえると仰向けに引きづり倒す。

 そして、左手でシルフィーの両腕を頭の上で押さえ付けると、右手をゆっくりと彼女の下腹部に近づけていく。

 「い、いや、やめて、お願い」

 でも、シルフィーの願いはウリエルには届かなかった。

 ウリエルの右手が、シルフィーの下腹部にめり込んでいくのを見ながら、シルフィーは首を横に振り続ける。

 そして、何かを探し当てたようにウリエルの右手の動きが止まる。

 何かを掴んだようだった……。

 そして、それを一気にお腹から引き抜こうとする。

 その時、僕は気が付いた。

 ウリエルが右手につかんでいるのが、シルフィーの大切な赤ん坊であることに。

 「やめてえええええええええええええええええええええええええええ……」

 シルフィーは絶叫した。

 「だ~め、くすくすくす」

 シルフィーの下腹部から引き抜かれた右手の中には、まだ小さいながらも人の形をした胎児がいた。

 「きもちわるぅ~」

 嫌悪感を滲ませてウリエルは右手の中にいる胎児を見て言うと、シルフィーの顔を見ながらそれを握り潰し地面に投げ捨てる。

 拘束を解かれていたシルフィーは、下腹部にあいた穴から血やら何やらが出るのにも構わずにウリエルの下から這いずり出て、地面に投げ捨てられた胎児を両手で救い上げて胸に抱きしめ大粒の涙を流しながら絶叫する。

 「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああ、いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ、私とクロード君の赤ちゃんがあああああああああ、いや、いや、死なないで、お願い、おねがいよおおおおおおおおおおおお」

 シルフィーの絶叫は、僕の耳にも届いていた。

 「あららぁ~、子供は『邪竜の呪い』に犯されてなかったようだねぇ。これは傑作だよ。あははははははは」

 そして、ウリエルの嘲笑が響き渡る。

 畜生、また、僕は守れなかった。

 あの時はリリアを、今度はシルフィーと赤ん坊を。

 僕がもっとしっかりしていれば、自分の力に脅えていなければ、リリアとシルフィーと共に居られなくなることに脅えていなければ、あの子は死なずに済んだかもしれなかったのに……。

 後悔の念が、僕がまた間違いを犯すのではないかと行動を押さえ付ける。

 「ちょっと、そこの、私を睨み付けてる暇があるならあの女に治療魔法掛けてやりなさいよ。 あのままだと死ぬわよ。まあ、私としては別に死んでもいいんだけど?それとも殺しちゃう方が貴方にとっては都合が良いのかしら?」

 そう声を掛けられて、僕の意識は現実に復帰する。

 そうだ、今はシルフィーを助けるのが先だ。

僕はウリエルを警戒しながらシルフィーの元へと急ぐ。

 「フィー、しっかりしろ」

 そう言いながら、回復魔法を掛ける。

 シルフィーの下腹部には、こぶし大の穴が開いていた。

 そこから、出てきてはいけないものが出ていて、大変なことになっているのがよく解る。

 回復魔法で、徐々に穴が塞がっていく。

 回復魔法なら、穴の開けられた子宮も元通りになるはずだ。

 だけど、僕は女性の身体について分からないことが多い。

 だから、シルフィーにまた子供が出来るかはわからない。 

 シルフィーは、両手の上に乗せた赤ん坊のなれの果てを涙を流しながら、うわごとのように謝り続けている。

 「私の赤ちゃん、死んじゃったよ。産んであげたかったのに。私なんかどうなったってよかったのに。ただクロード君の赤ちゃんを産んであげたかっただけなのに。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 「フィー……」

 僕にはシルフィーに掛ける言葉が見つからない。

 ただ、このままにしていたら、きっとシルフィーは壊れてしまうと思った。

 「フィー、もう自分を責めないで、ゆっくりお休み」

 シルフィーの下腹部の傷口を塞ぎ、続けて安らぎをもたらす睡眠呪をシルフィーに掛ける。

 「ごめんなさい、ごめ、ん、い、……」

 どうやら眠ったようだ。

 これで暫らくは目を覚ますことはない。

 シルフィーの身体をゆっくりと横たえる。

 額にかかる髪を、指先で軽く梳かす。

 両手の上の赤ん坊の遺体は、綺麗な白い布で包むと、シルフィーの頭の横にそっと置く。

 それが正しいことなのか僕はわからない。

 でも、子供を産んだ母親が顔を向けられる位置に赤ん坊がいた方が良いだろうと思った。

 何かを企んでいることが分かるウリエルが顔に笑みが浮かべ、僕たちの後ろへと近づいてくる。

 「寄るな」

 「あららあ~、これでも一応その女の命の恩人なんだけどねぇ」

 シルフィーと赤ん坊の遺体を包み込むように結界を張る。

 基礎レベル7200の僕が張った結界は誰にも破れはしないだろう。

 そして今度は、僕とウリエルだけを囲うように断層結界を張る。

 断層結界、結界の中でも上位に位置する世界から断絶された空間。

 「へぇ~、断層結界かぁ、それで何をするつもりなのかなぁ?」

 ニヤニヤと笑い続けるウリエルが、見下すように聞く。

 これで、シルフィー達を気にすること無く全力で力が振るえる。

 これは、不甲斐ない自分に対する苛立ちをぶつけるだけの八つ当たりに過ぎない。

 だけど、従属神ウリエルがシルフィーとその赤ん坊にしたことを許すつもりもない。

 ゆっくりと立ち上がった僕は、ウリエルに振り返ることなく加速する。

 「え?うそ?」

 突然僕が視界から消えたことにウリエルは驚いた。

 「きゃあ」

 ウリエルが悲鳴を上げて吹き飛ぶ。

 彼女は何が起きたのか理解できないだろう。

 僕はただ、走ってウリエルを殴りつけただけだ。

 基礎レベル7200に至るまでに得たポイントの全てをステイタスに注ぎ込んだわけじゃない。

 僕は一度だけ、似たようなことを昔にしたことがある。

 僕とリリアの村がモンスターによって滅んだあの日、無我夢中で村を襲ったモンスターを一匹残らず倒した。

 感情のままに力を振るって。

 ダンジョンコアを破壊したものは、別にステイタスをいじくらなくても感情のままに力を振るえば、勝手に基礎レベル7200に至るまでに得たポイントの全てが各ステイタスに反映されるみたいだ。

 しかも、均等に『力』『速さ』『体力』『賢さ(精神力)』『技』『幸運』に加算される。

 基礎レベルが1上昇して、ステイタスポイントが1上がったと仮定して、7200ポイント、それが各ステイタスに均等に割り振られると各ステイタスは1200ずつ加算されることになる。

 実際にはすでに割り振られたポイントもあるから、その分は差し引かれるがそれでも凄まじい能力が発揮される。

 僕が得たステイタスポイントは29783ポイント、シルフィーとほぼ同じぐらいのステイタスにするために360ポイントを既に使っている。

 残り29423ポイント。

 各ステイタスに割り振られるポイントは単純に4903、ウリエルのステイタスの二倍以上のステイタスになるということだ。

 僕は、ただウリエルを殴り蹴り続ける。

 ウリエルは、殴られるたびに蹴られるたびに悲鳴を上げる。

 『鑑定』スキルを使って、ウリエルのステイタスを見ながら、僕に殴られるたびに、ウリエルのHPが減っていく。

 ウリエルは何とかして反撃しようと試みるけど、僕はそれを悉く潰していく。

 本当に僕は人の皮を被った化け物だ。

 そう言えばシルフィーがいってたっけ、僕は自分が無能だからとリリアを見捨てたんだって……。

 こんな力がありながら、僕はリリアを見捨てたんだ……。

 本当に僕ってやつは……、なにっ!?

 あともう少しで、ウリエルを殴り殺せると思った瞬間、ウリエルのステイタス表示に今まで表示されていなかった、とんでもないものが表示される。

状態:洗脳状態レベル8

称号:『創造神の下僕』『創造神の奴隷』『創造神の性奴隷』

   『創造神の密偵』『創造神の復活を助ける者』『創成の女神を裏切る者』


改稿内容(改稿第2版):誤字脱字等の修正

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