第29話 勇者の死と女神の降臨
領都教会司祭長が振り下ろした一撃は、最初の攻撃で瓦礫に埋もれた勇者パーティーを再び吹き飛ばした。
「ギルド長、パーティーメンバーの方は任せる」
「あいよ、麻痺させてやればいいんだな?」
「ああ、勇者が死ねば、彼女達の三女神に弄られた心も真面になるだろうさ」
「罪の意識で心が壊れなければいいがな」
「心が壊れるなら、それも一種の救いではあるさ」
「心が壊れなければ?」
「心が壊れようが、壊れまいが、死こそが、いや、死だけが彼女達の救いだろう。彼女達にはもう帰る場所など無いのだから」
ギルド長は領主と言葉を交わすと、瓦礫に埋もれ身動きの取れないパーティーメンバー達へ素早く麻痺毒の針を打ち込んでいく。
これで勇者は孤立する。
「な、なんでだよ。あんたらは勇者である俺を守るのが役目だろうが!それがなんで?」
勇者ケインが剣を杖代わりにして立ち上がり、私達を見て怒鳴りつけてくる。
「何処までも馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで来ると度し難いな」
「自分がやってきたことに反省もできないんだからな」
「先ほど、領都教会司祭長が君に告げただろう?これは復讐だとね」
「そうだな、必死で抵抗しないと死ぬぞ、勇者ケイン」
「ち、ちくしょう!俺がこんなところで死んでたまるかよ。お前らが死ねよ」
ケインが自身のすぐ近くまで来た司祭長に斬りかかかるが当たらない。
何度も何度も斬りかかるが、そのこと如くが司祭長にかすりもしない。
司祭長が避けているわけではない。
シスター長ネムリナが、勇者ケインを滅多打ちにしたスキル拳蹴乱舞の影響だ。
シスター長ネムリナのスキル拳蹴乱舞は他の人が使うものと違い、独自の改良がなされている。
それは、拳を打ち込まれるたびに、蹴りを入れられるたびに、シスター長ネムリナが体内で練り上げた闘気を相手の体内に特に神経に打ち込んでいくというもの。
打撃に紛れて神経に打ち込まれた闘気は、神経を感覚を徐々に狂わせていく。
5週間前、ケインが冒険者ギルドのギルド長室から出ようとした際、扉のノブを二回も掴みそこなったのが、まさにそれだった。
それから5週間、ケインは既に司祭長に剣を当てることさえできない程に神経を感覚を狂わせていた。
「な、何で当たらねぇんだよ。ちょこまかとちょこまかと躱しやがって」
ケインが怒りを滲ませる。
「これは……。シスター長ネムリナにしてやられたかな」
勇者ケインの動きを観察していた領主が思わずつぶやいた。
「確かに……。万全の勇者とそのパーティーメンバーと戦った後で、三女神と一戦遣るとなると、とても太刀打ちなぞできんからな」
ギルド長も気が付いたようだ。
勇者ケインの力は、弱体化が進んでいる。
「ああ、だが、これならば全力で当たれる」
「司祭長当人にとってみれば、消化不良も良いところだろうがね」
「その辺りは、女神にぶつけてもらうしかないさ」
司祭長は、ケインの余りの弱体化ぶりに首を振り、ため息と共に聖剣を鞘に戻してしまう。
そして、ケインの襟首をつかむと手甲を付けた拳で殴り始める。
容赦なく、顔面に腹に幾度となく拳を振るう。
「や、やめ、やめてくれ。ヘブッ」
「た、たすけで」
「い、いやだ、じ、じにだぐない」
他の勇者パーティーのメンバー達は、ギルド長に麻痺毒を塗った針を打ち込まれ、動くことができす、ただケインが殴られ続けるのを見ているだけだ。
「死にたくないだと?ふざけるな!お前によって殺された者達の、残された者達の恨みは、お前が考えているほど甘くはない!あの世に行って、お前に殺された者達の恨みを思い知るがいい」
司祭長は、殴打で動けなくなった勇者ケインをボス部屋中央へと引き摺っていく。
そして、勇者ケインをボス部屋中央に放り捨てると司祭長は呪文を唱え始める。
「この者に殺されし多くの御霊よ、現世に漂う怨念よ、今ここにその無念と怨恨を晴らすべくこの地に集まりて、姿を表し、この者の魂を肉体を思う存分喰らうがよい。怨嗟喰呪殺!」
するとケインを中心に円形の魔法陣が現れ、この世のものとは思えない何かが魔法陣に溢れだす。
「ひぃ、い、いやだ、し、死にたくない、くるな、あっちへいけよ、や、やめ、ぐぎゃあああああああああ」
ケインが魔法陣の中で絶叫を上げる。
ケインの身体は、魔法陣の中で何かに喰われ、溶かされ、潰され、引き裂かれる。
しかし、彼は死なない、いや死ねない。
肉体は再生され続ける。
死者の恨みが無念が晴れるまで、現世に漂う怨念が晴れるまで、ケインは生かされ再生を続け、喰われ、溶かされ、潰され、引き裂かれ続ける。
「い、いやだ、じ、じなせてぐれぇ、ごろじでぐれぇ」
その様子を見ていた司祭長が、魔法陣の中で苦しみ続けるケインを冷たい眼で見ながら告げる。
「永遠に苦しみ続けるがいい」
魔法陣の中のケインは何かに飲み込まれ始める。
「いやだ、ゆ、ゆるじて、ぐぎゃああああああああああああああああ……」
そして、魔法陣の光が一際光って消えた時、そこに勇者ケインの姿はなかった。
ボス部屋に静寂が訪れる。
「はぁ~、これで彼奴は死んだのか?」
「死んださ、我々にとっては一瞬であろうと、奴にとっては死ぬまでどれほどの時間だったのかは想像もつかないがね」
司祭長はそう言って瞑目する。
多分だが、亡くなった妻子の事を想っているのだろう。
領主もギルド長もそれぞれに瞑目する。
十秒ほど過ぎて、三人が目を開け顔を合わせて口を開きかけた時だった。
ボス部屋に神気が立ち込め始める。
「いよいよお出ましかな」
「神殺しか、楽しいねぇ」
「誰がいらっしゃるのか、それとも全員かな?」
再び三人が、剣を抜き身構える。
勇者を相手にしていた時とは違う。
三人が全力で戦っても勝てない相手だ。
それでも、そう、それでも致命傷に至らなくても、傷の一つぐらい負わせなければ気が済まない。
怒りと覚悟を滲ませた顔で待ち構える。
『勇者を弑逆した大罪人に神罰を与えましょう。三女神が一人である私ルーナ自らから罰を与えられることに感謝し、死ぬがよい』
頭の中に女性の声が響く。
「どうやら、私達はついているな、従属神ルーナだ」
「舐めているのかな、御一人でご降臨あそばされるとはね」
「ほんじゃ、はじめますか」
三女神の次女である従属神ルーナが、現世に顕現しようとしている。
完全に現世に顕現すれば、どんなに強い神であろうと現世の理に支配される。
それは神自身も知っていることだろう。
だからこそ、お互いが最初に攻撃するタイミングは、神が現世に顕現したその瞬間だ。
三人はそれぞれの剣技を発動させようと溜を深くする。
今まさに三女神の次女である従属神ルーナが顕現する瞬間が迫っていた。
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