第27話 二通の手紙②(改稿第2版)

 シスター長ネムリナが、病室から教会にいるシスターたちが使う部屋に居を移したリリアの元へ、ニンマリと笑みを浮かべてやってきた。

 「リリアさんがお待ちかねの~、クロード君からのお手紙が届いたわよ~」

 「シスター長!もう揶揄うのは止めてくださいよ~」

 リリアが顔をうっすらとピンク色に染めて、苦言を言う。

 「今日もいい笑顔ね」

 リリアの顔を見たシスター長ネムリナがうんうん頷きながら確認する。

 三女神の神罰が下り、やっとリリアが目を覚ましてからというもの、シスター長ネムリナは時間さえあれば、リリアの部屋を訪れるようになっていた。

 気を使わせてるなぁとリリア自身思わなくもないが、実際はとてもありがたかった。

 一人になると、どうしても身体の、顔の傷に気が向いてしまう。

 だから、それを一瞬でも忘れられるシスター長ネムリナの来訪は有り難かった。

 領都教会でリリアの身に降りかかった出来事を知るものは多い。

 気遣われ、可哀想な目で見られるのは、今のリリアにとっては苦痛でしかない。

 「ああ、それからシルフィーって人から貴方に手紙が届いてるけど、知ってる人?」

 「いえ、聞いたことのない名前です」

 「う~ん、こっちで検閲しておく?」

 リリアの返答に少し戸惑い気味にシスター長ネムリナが提案する。

 『検閲』はシスター長ネムリナ側で、手紙の送り主や手紙の内容を事前に調べておくという提案でもある。

 「いいです。変なことが書かれているようなら、シスター長に見せますから」

 「わかったわ。それじゃあ、はい手紙」

 「ありがとうございます」

 リリアはそう言って、クロードからの手紙とシルフィーさんからの手紙を受け取る。

 今回は何が書いてあるのかな?

 リリアの気持ちがウキウキしてしまうのも致し方なかった。

 ようやく『禊』が始まって、リリアの生活は一変した。

 朝は領都教会の清掃に始まり、午前中は聖堂でお祈り、午後は奉仕活動で療養施設での回復魔法等で怪我人の治療や病人のお世話に当たることとなった。

 単調ながらも大変な一日を繰り返す。

 自室に戻ると、あとは共同浴場で入浴を済ませ、後は寝るだけという生活だ。

 唯一の娯楽といえるのは、クロードから送られてくる手紙ぐらいだ。

 とはいっても、まだ二通しか届いていないが……。

 『禊』の期間中、教会で『禊』を行うこととなった者の、婚姻誓約書の相手も、婚姻誓約書を破る結果を齎した相手も、その教会が存在する領地に居てはならない。

 それが決まりだ。

 『手紙を遣り取りしてはならない』とは決められていない。

 だから、婚姻誓約書の相手から『禊』の決まりの隙間をつくような形で手紙が送られてくるというのは前代未聞でもあり、領都教会内、特に若いシスター達にとっては一体何が書かれているのか興味津々だったりする。

 クロードから送られてくる手紙の内容は、冒険中の失敗談や冒険者の先輩が話したことなどがよく書かれている。

 でも、最後には必ずリリアの事を心配し、励ます内容になっている。

 リリアとしても、クロードに返事を書きたいと思わなくもない。

 いや、書きたい。

 こちらからも手紙を出すことはできるが、前回のようなことがまた起きないとも限らないので、教会の敷地内に居るようシスター長ネムリナから厳命されている。

 シスター長が意外にもあれ程嫌味を言い続けたリリアに対して、過保護だったことに領都教会の中でひと騒動起こるのだが、それはまた別の話だ。

 そして、もう一通の手紙がちょっと気になる。

 私の知らない人からの手紙に不安に駆られる。

 私は、気を取り直してシルフィーという名の人から来た手紙から読むことにした。

 シルフィーさんの謝罪から始まった手紙はクロードとシルフィーさんの関係が赤裸々に描かれてあった。

 シルフィーさんは、邪竜の戯れに掛けられた呪いに苦しめられていた。

 自分とパーティーを組んでくれる人が一人もいなくなり、絶望して今はない故郷に帰って一人邪竜になり果てるしかないところをクロードに出会ったそうだ。

 この気持ちが、恋かどうかわからないがクロードに惹きつけられたこと。

 邪竜の呪いなのか、自分の意志なのかわからないまま肉体関係を無理矢理持ったこと。

 そして、クロード君に抱かれて安心感と幸福感に包まれるが、クロード君の心の中に私が居ることも知っているし、私が禊の最中であることから罪悪感で一杯で苦しいこと。

 最後に、二人の仲を裂くつもりはなく私の禊が終わったなら、潔く身を引くこと、最後にクロードが行きたくないと駄々を捏ねるようなら、首根っこ掴んで引き摺ってでも貴方の元へ連れて行きます、そして貴方に会って話がしたいですと書かれていた。

 まさか、今クロード君と一緒に居る先輩冒険者が女性で、しかもエルフ種族だったことに吃驚した。

 まあ、内容が内容だけに少し混乱している。

 でも、クロード君のあっちの方が凄いとか、将来は女性啼かせ間違いなしとか、

毎晩失神させられてて大変だとか、文面からねえねえ羨ましいでしょう?というような気持ちが溢れてきてるような……。

 悔しい。でも、なんだろう。文面からはシルフィーさんの悲しみに似た感情もうかがえる。

 それから、一月から二月に一度の割合でクロードの手紙の他にシルフィーさんからも手紙が届くようになる。

 クロードが手紙では誤魔化していた失敗を、シルフィーさんが自分の手紙で本当のことを暴露したり、今度は逆にシルフィーさんが手紙では誤魔化していた失敗を、クロードが暴露したりで、本当に別々に手紙を書いているのだろうかと疑いを持ってしまうぐらい通じ合っているように思える。

 そして二人共、必ず私の心配をしてくれて、励ましてくれる。

 顔も知らない、同性で、しかもエルフ種族のシルフィーさんなのに、昔からの友人といってもいいぐらい良い人だと思う。

 でも、クロードからの手紙も、シルフィーさんからの手紙もある時からプツリと届かなくなった。

 何時もなら二人同時に届くはずの手紙が、シルフィーさんからの手紙だけ届いたのが最後となった。

 届いた手紙には、『ごめんなさい。子供ができました。クロード君との子供です。リリアさんを裏切るようなことしてごめんなさい。でも、嬉しくもあるんです。私に好きな人の、ううん、愛してる人との間に子供が出来るなんて思わなかったから。いつか、クロード君とリリアさんとお二人の子供を羨ましげに見るんだろうなぁと思って嫉妬していましたから。でも、多分この子は生まれることはないでしょう。呪いの進行を止める術を失った今、邪竜の呪いは確実に私を蝕んでいます。本当は産んであげたいと切に願っていますが、この子が生まれるころには私は完全に邪竜と化していると思います。クロード君には子供が出来たことを内緒にしてあります。知らせて困らせたくはありませんからね。近いうちに私はクロード君から離れて、一人、旅に出るつもりです。私がクロード君をリリアさんの前に連れて行く約束、守れそうもありません。それだけが悔やまれます。どうかクロード君と幸せになってください。シルフィーより万感の思いを込めてリリアさんへ』と認められていた。

 この時、手紙を読んでいた私は言い知れない不安を感じていた。

 シルフィーさんの身に、そして、シルフィーさんの赤ちゃんの身に邪竜化とは別の何か悪いことが起こりそうな予感がしていたから……。

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