第9話 今できる君への僕の約束(改稿第1版)

 簡単な救護施設のベットの上で僕は目を覚ました。

 身動ぎすると全身に激痛がはしる。

 生きてる……。

 一生に一度しか使えないスキルっていうから、自爆系スキルだと思ったんだけどな。

 最近になって思うようになったが、僕とリリアの生まれ故郷の大人たちは、肝心なことを説明しない悪癖でもあるんじゃないだろうかと疑いたくなる。

 それにしても、漏れ聞こえてくる話によるとダンジョンが消滅して、直径二十キロ深さ十キロの大穴が開いているらしい。

 まさかとは思うけど、グランツおじさんが教えてくれたスキルのせいじゃないよな?

 教えてもらったスキルの有効半径は、精々二百メートルのはずだ。

 ダンジョン内で使用すると更に有効半径は十分の一に落ちると教わった。

 今回ダンジョン内で使用したのだから、有効半径は二十メートルなんだけど……。

 半径十キロといえば、地上なら五十倍のダンジョンなら五百倍の威力になってる。

 一体どうなってるんだと疑問は尽きない。

 するとそこへ三人のシスターが僕のベットに近づいてくるのが見えた。

 シスターたちが、枕元に来ると一人が話しかけてきた。

 「クロードさんで間違いありませんか?」

 「はい、間違いありません」

 「二、三、お話したいことがありますが、よろしいでしょうか」

 「はい」

 「実は、リリアさんの事です」

 「……」

 「お気持ちはわかりますが、聞いていただきます。リリアさんは現在私達の教会の療養施設に護衛付きで入院なさっています。最初は重度の薬物中毒ということでした。調べた結果、主に媚薬、催眠薬、暗示薬、洗脳薬が検出されました。しかも解毒魔法に対する魔法抵抗力まで付加されていました。完全な違法薬物です。そのためリリアさんは、心神喪失状態で毎日のように幻覚を見ていた可能性が高い。貴方は気が付いていましたか?」

 「いいえ、まったく。というか、もう二年近く話していませんから」

 「喧嘩でもしていましたか?」

 「いえ、グラウンのサブリーダーからリリアと会うのを禁止というか、妨害されてましたから、リリアと会うなら安全は保障できないとも言われました」

 「そうですか……。二つ目ですが、貴方とリリアさんは創成の三女神の婚姻誓約書なる儀式を行い結婚の誓約を交わしていませんか?」

 「はい、交わしてはいますが、それがどうかしたんですか?」

 「その儀式の内容については、お聞きしたことは?」

 「いいえ、一切ありません。村の大人たちからは誓約を結んだのだから絶対に浮気はするなよと厳重に言われましたけど……。元々村には、僕とリリア以外。歳の近い仲間はいませんし、皆既婚者でしたから」

 「そうでしたの。実はここからが本題なのです。リリアさんは四年前の12歳の誕生日前後に成人の義を行い、回復術師のジョブを得ましたね」

 「はい」

 「その際、リリアさんは村の司祭様から回復術を教えてもらうことになりませんでしたか?」

 「はい、なりました。確か、成人の義が終わってすぐに」

 「リリアさんが療養施設に入院してから、リリアさんの身元を調べていたんですよ。ジョブが回復術師ですし、教会では回復術師を新たに見つけた場合、教会で司祭様のお弟子さんということで、教会の保護を与えているんです。で、四年前に村の司祭様からリリアさんを弟子にするという書類が出てきたんです。それにリリアさんは冒険者登録もされていますよね?そして、貴方も」

 「はい」

 「本来、回復術師が冒険者ギルドに登録するとき、必ず冒険者ギルドから教会に問い合わせをすることが義務付けられているんです。ですが今回、ギルド側からは一切の問い合わせがありませんでした。だから、貴方とリリアさんは二年前のモンスターの氾濫で死亡扱いになっていました。念のため、冒険者ギルドにも問い合わせを掛けましたが、クロードさんとリリアさんの冒険者登録もされていませんでした」

 「え?でも、僕たちは冒険者ギルドで冒険者登録をして、冒険者ギルドの紹介でクラウン≪暁≫に入団したんですよ?おかしいじゃないですか!」

 「そのおかしなことが実際に起きたんです。今現在、こんな忙しい時にも拘らず冒険者ギルドでは当時の受付嬢を捕縛して事情聴取してますし、クラウン≪暁≫にも高レベル冒険者と領都騎士団が査察に入って、サブリーダーのヘイロン以下クラウンメンバーを取り調べ中です。それに伴いここ数年内にクラウン≪暁≫から死亡届が出されている女性パーティー二組、十二人がクラウンハウスの別棟から発見・保護されました。彼女達も教会の療養施設に入院して治療を受けています」

 「そ、そんな……」

 「ショックなのはわかります、ですが、ここで大切なのは貴方とリリアさんの問題なのです。確認ですが、リリアさんは不義密通をなさいましたね。お相手はケインさんで間違いありませんね?」

 「僕の知る限りでは、そうです」

 「突然話は変わりますが、創成の三女神の婚姻誓約書なる儀式を行い結婚の誓約を交わし合った男女には、それぞれ体の何処かに聖紋が刻まれます。そして、もし婚姻する前に男女のどちらか一方もしくは両方が不義密通した場合、三女神様より天罰が下ります。その内容は聖紋を中心に全身に激痛が走り、大体二~三週間で衰弱死に至るというもの。今現在リリアさんは、それに苛まれています。死を回避する方法は唯一つ創成の三女神の婚姻誓約書を解消することです。その時、貴方が不義密通を行ったリリアさんを許すことが要件になります。そして、不義密通を行ったリリアさんですが、婚姻誓約書が解消したとしてもこれで終わりではありません。身体に刻まれた聖紋が消えるまで教会で禊をしなければ、次の相手と付き合うことも結婚もできません。勿論、よりを戻すこともです」

 「それは……彼女はケインを選んだんです。だから……」

 「リリアさんは、今も貴方に初めてを捧げたと信じています。痛みと薬物中毒で朦朧とした意識の中で、それだけは聞き出せました。どうするかはあなた次第です。それから、これは余計な事かもしれませんが、創成の三女神の婚姻誓約書は、この悪行蔓延る世界で清廉潔白さを求めます。だからリリアさんがこれから行う禊は先ず罪を認めさせることから始まります。そう、今のリリアさんが貴方に初めてを捧げたと愛されていたと信じていることを打ち砕き、自分のやったことを認めることから始まるのです。中には事実に耐えられずに自害してしまう女性もいます。そして、誓約書を交わした相手クロードさんも誓約書を破らせた相手ケインさんもリリアさんの傍に居て支えてあげることはもちろん、近くで見守ることも許されません。お二人は事実上領都からの追放になります。誓約の聖紋が完全に消え、禊が終了するまでリリアさんはたった一人で耐えなければならないのです。そうまでしなければ三女神様から許されないのです。だから、一般社会において「創成の三女神の婚姻誓約書」の儀式は滅多に執り行われなくなりました」

「その禊はどれくらいの長さなんですか?」

「わかりません」

「わからない?」

「はい、数日で終わるのか、数週間で終わるのか、何年もかかるのか、それは誓約をを破った罪の重さによって変わります。教会の資料を調べますと、禊が終わらず一生教会から出られなかった男女もいますよ。ウフフフ……、良かったですね、自棄になって浮気しなくて、そういう男性の禊は凄く長いんですよ。勿論、リリアさんを許さない選択肢もあります、そうすれば数週間もすれば死にます。いえ、殺せますよ。その場合は創成の三女神の婚姻誓約書の解消の儀式を取り行う必要すらありませんが、どうしますか?あまり時間がありませんので、今ここで決めて頂きたいのですが」

 「やります。儀式を」

 「儀式が終わり次第、クロードさんには領都を退去して頂きますので、荷物はこちらで用意しておきます。どうしても持っていきたいものはありますか?」

 「荷物、あるんですかね?」

 「まあ、なければこちらで用意いたしますね。では動けるように回復魔法を掛けてしまいましょう。二人ともお願いします」

 「「はい」」

 僕の身体を回復魔法が包む。

 さっきまで身じろぐことさえままならなかった身体が、痛みが多少残るものの動かせる。

 シスターたちに案内されながら、リリアの病室に向かう。

 リリアは僕を見ると嬉しそうに笑顔を向けてくる。

 お姫様のようにリリアを優しく抱え上げる。

 リリアは本当に嬉しそうに微笑ながら僕を見上げる。

 今から僕は彼女から笑顔を奪う。

 そして、どれ位長い期間になるかわからない禊にリリアは一人はいる。

 三女神像の前に到着し、リリアは笑顔で前を見てる。

 もしかしたら、結婚式が行われるとでも思っているんだろうか……。

 司祭様が厳かに宣言する。

 「では、時間もないことですし、始めましょう。婚姻誓約書を結びし二人は、残念ながら誓約を果たせぬこととなりました。クロードよ、このような事態になり、リリアを許すことができますか?」

 「はい、許します」

 僕の決断。

 リリア、君には生きていて欲しい。

 それが一番シンプルな想い。

 「では、ここにクロードとリリアの婚姻誓約書は解消され、誓約を果たせぬこととなった原因であるリリアは、その聖紋が消えるまでの間、教会にて禊を行う事とする」

 リリアが、笑顔から困惑顔へと変わる。

 そして、リリアの両目からは涙が零れ落ちる。

 どうして誓約を解消するのかという疑問をぶつけるような、不安そうな目を僕に向けてくる。

 いやいやをするように首を横に振り続けるリリアに僕は優しく語り掛ける。

 「リリア……」

 声を掛けた瞬間、笑顔になるが次の言葉を聞いて表情が凍る。

 「愛しているよ、どうか幸せに……」

 抵抗するリリアを病室へと連れて行き、縋るように延ばされた手を無視して病室を出ると、先程話をしたシスターたちに会った。

 「一応、荷物と、後は剣を一本ご用意しました」

 「ありがとうございます。どうか、リリアのこと宜しくお願いします」

 荷物を受け取り、事後を頼むと頭を下げる。

 「わかりました。クロードさんもお気を付けて」

 「はい」

 そう言って僕は歩き出した。

 涙を流しながら、後ろからはシスターたちがリリアの病室へと入っていく音が聞こえた。

 事実を語りに行ったのだろう。

 俺にとってもリリアにとってもつらい現実に向き合い、乗り越えないとお互いに先には進めないだろうから……。

 今はさようならだ。

 何時か笑顔で出会えるだろうか?

 それとも、どうしてあの時助けてくれなかったの!と怒られるだろうか?

 それとも、完全に他人になってしまうのだろうか?

 でも僕は、君が危ない時は必ず駆けつけるから、それくらい強くなって見せるから、君を守れなかった、君を信じられなかった僕の君に対する僕の約束だ。

 

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