第5話 とある天文部員の苦悩【解決編】①

 ジュンジが家庭科準備室を訪ねた翌日。先輩と俺はいつもどおり家庭科準備室で読書にいそしんでいた。


 ――なんかご機嫌じゃない? 気持ち悪いんだけど。

 いきなり失礼過ぎない? そうですよ。俺は今、最高にご機嫌ですよ。だって、昨日のアレって事件だよね! じ・け・ん! そしてジュンジへの先輩のあの言葉! まさに探偵そのものじゃん!


 ――ちょっと言っている意味がわからないんですが。ってか、解決したの?

 いや、結果はわからず。まぁ、まだ昨日の今日だしさ。それに、こっちからは聞きづらいじゃん。


 ――まぁ、そうだね。上手くいくといいね。

 うん。ジュンジは本当にいい奴なんだよ。でも、なんで告白をオッケーしておいて素っ気なくなるんだろう? 揶揄ってただけとかだったら、ひどくない?


「そんなことはないと思うよ」

「うわっ!」


 先輩の声に俺は読んでいた本を落としかけた。


「更に言うなら、モナミ、私が見ていた限り、君はその本を一ページも読んではいないよ」

「あの、俺、口に出してます?」

「ほら、そんなことより、お客様のようだよ」


 慌てる俺を華麗にスルーして、先輩が家庭科準備室の入口に目をやる。と、その言葉を待っていたかのようにドアをノックする音が響いた。

 あまりのタイミングの良さに驚きながらドアを開けると、そこに立っていたのはジュンジだった。

 

「今、いいか? って、来客中?」


 応接セットに目をやったジュンジが昨日と同じように尋ねてくる。その言葉に振り返るけど、今日ももちろんいるのは先輩だけ。来客なんていない。どうしてジュンジはそんなことを? と考えること数秒。あれっ、まさか。


「あのさ、もしかして先輩のこと?」

「先輩?」


 ミステリ研究会といってもできたてほやほや。まだ二カ月半しかたっていない。その上、目立った活動なんてしているわけもなく。だから、ジュンジが先輩のことを知らないとしても仕方のない話だ。


「そっか。紹介がまだだったよね。こちらは三年生の阿川先輩。我がミステリ研究会の会長だよ。って言っても二人きりだけど」

「えっ? アガサ、先輩?」


 戸惑いを隠せないといった顔で聞き返すジュンジ。その目線の先には、ローテーブルの上の緋色の表紙の本。その姿に俺は思わず吹き出した。


「いやいや、ジュンジ」


 いくらここがミステリ研究会だからって、そんな偶然があるわけ無いでしょ。そう言おうとした俺の言葉を先輩が遮る。


「モナミ、いいじゃないか。アガサとは光栄の極みだよ」


 まんざらでもなさそうな顔で先輩が応える。

 さて、もうお気付きですよね? ミステリ好きの先輩のお気に入りが何か。

 灰色の脳細胞、モナミ、そして甘党。ご想像のとおり、あのミステリの女王の、あの有名な小男のシリーズです。


 ちなみに俺の名前は近藤だから。中身だけじゃなく名前も平凡だって? 悪かったね。ヘイスティングスじゃなくて。ってか、あるわけないでしょ。俺はがっつり日本人ですから!


「モナミ、君の友人が困惑しているよ。席くらい勧めたらどうだい」

「えっ? あっ、ごめん。ジュンジ、座って座って。今、お茶淹れるよ。昨日と同じグレープフルーツの紅茶でいい?」


 慌てて席を勧める俺にジュンジが首を横にふる。その顔にはどこか困惑の表情が浮かんでいる。

 ジュンジって人見知りだったっけ? まぁ、ぐいぐいいくタイプじゃないけどさ。それにしても先輩とは昨日あれだけ話したのに。今更恥ずかしくなるとかってあり得る?


「いや、廊下に水崎を待たせているから」


 なんだよ! 理由はそっちか!


「えっ? ってことは?」

「あぁ、まぁ、そういうこと。近藤のお陰で誤解がとけたからさ。とりあえず報告ってことで。お礼は今度ちゃんとするわ」


 仏頂面で目線をそらすジュンジの耳が真っ赤だ。その姿に俺はやっかみ半分、嬉しいさ半分ってところ。


「なんだよ、幸せかよ! よかったな! 別にお礼なんていいよ。それに俺と言うより先輩のお陰だしな」

「えっ? あっ、あぁ、そうだな。えっと、アガサ、先輩にもお礼言わないとな」


 ぎこちなく頭を下げるジュンジ。目を逸らしたままだから明後日の方向を向いてるけど、先輩はにこやかにうなずく。

 

「あっ、じゃあ、今日はこれで」

「うん。わざわざありがとう。お幸せに。今度、水崎さんに可愛い友だち紹介してって言っておいて」

「ははっ、わかった。言っておくよ。本当、ありがとな」


 耳は少し赤いまま、すごく幸せそうな顔でジュンジは家庭科準備室を後にしたのだった。

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