魔法でちゃちゃっと

 着いたところは、周りをぐるりと高い塀が囲っている新築一戸建ての建築現場だった。駐車場にたむろする困り顔の工事関係者の間をすり抜け立派な木の門をくぐると、一般住宅とは思えない立派な日本家屋がどーんと構えていた。屋根や外壁は出来ているものの中はまだ柱がむき出しで、床に下地を貼った状態のようだ。


「こんにちは、県庁から来ました魔法課の蒲原かんばらです」


 史人が玄関先で声をかけると、奥から作業着姿の中年の男性が小走りにやって来た。


「あ〜、えーっと、魔法課の?」


 史人とメグを見るなり男性は明らかに不信そうな顔をした。史人ふみひとがすかさず県庁の身分証を提示すると、その男性は頭をポリポリ掻きながら言い訳がましく言った。


「いやあ、まさかこんなにお若い方々がみえるとは思ってもいませんでした。私は工務店の鈴木です。お忙しいところすみません。さあ、どうぞ、こちらです。あ、靴のままでいいですよ」


 促されるまま奥へ進むと、いずれも作業着の数人が固まって床に這いつくばっていた。


「みんな、魔法課の方が来てくださったよ」


 一斉に振り返った男たちの顔に、またしても驚きと戸惑いが広がる。しかし、そんなことには慣れっこなのか、横にいる史人は表情ひとつ変えない。


「県庁の魔法課から参りました蒲原と、こちらは新人の望月です」


 メグはドキドキしながらペコリと頭を下げた。男たちは互いに顔を見合わせ何かしら言いたげだ。そんな雰囲気はものともせず、史人はキレのいい口調で続けた。


「それで、今はどういった状況でしょうか?」


 奥から頭に手ぬぐいを巻いた白髪の男が進み出た。


「どうもこうも、今朝現場に来たら床に足跡がたくさんあって。あ、すいません、棟梁の山田です」


 手ぬぐいをむしり取りながら山田は会釈をした。


「ほら、昨夜は雨だったでしょう? どうやら野良猫が入り込んだみたいで、床下から声がするんですよ。多分子猫だと思うんですがね、あちこち移動してるのか場所がわからねえで捕まえようがなくてねえ。ただでさえ工期が遅れてるってのに、今更床板を剥がすわけにもいかねえし、もうほとほと困っちまってねえ。消防の方にも頼んだんですけどね、なんか忙しいみたいでなかなか来てもらえねえで、ダメ元でそちらにお願いしたんですよ。魔法でちゃちゃっと捕まえてもらえませんかね」


 山田は心底参ったといった様子で早口にまくし立てた。


「残念ながら魔法は万能ではありませんので、簡単に解決できるという約束はできかねます」


 それを聞いた山田の顔にはっきりと落胆の色が浮かんだ。


 不意に、それまで史人の首に絡みついていたリリアがすたっと床に飛び降り、タタタっと走って行った先の床をカリカリと掻いた。


「その下にいるのかい?」


 史人の呼びかけに「にゃあ」とリリアが応えた。メグはその時初めてリリアが言葉を発するのを聞いた。


「一匹じゃないって言ってます」


「ええっ! 猫がそう言ってるんですか? まさか猫の言葉がわかるんですか?」


「リリアは僕のバディの魔猫です。魔法動物は人の言葉を理解するし我々と会話することもできます」


 男たちが驚きの声を上げるのをよそに、リリアは行く先々でカリカリと床を掻いた。


「床下へ入れるところはありますか?」


 史人の問いに棟梁が足早に歩き出す。


「台所の床下点検口は開いてますよ。こっちです」


 案内された先には正方形の穴がふたつぽっかりと空いていて、そこから床下のコンクリートが見えていた。眉間にシワを寄せた棟梁がしゃがんで指差す先に、複数の小さな足跡がはっきりと残っている。


「ほら、ここにあるでしょう? この下はずっと繋がってるんで、どこへでも行けちまうんですよねえ」


「わかりました。何かいい方法がないか検討してみます。皆さん、少し離れていてください。リリア、床下の様子を見てきて」


 リリアは短く鳴くと、風のように軽やかに床下に消えた。いつの間にか増えたギャラリーが小さくどよめく。みんな魔法使いや魔猫が珍しいのだ。ましてやその働く姿を見ることは滅多にないはずである。無理もない、魔法使いのメグですらこうした需要があることを今の今まで知らなかったのだから。


 五分ほど経った頃、リリアが穴からぴょんと飛び出した。その口に白キジの子猫を咥えている。


 ギャラリーから大きなどよめきと拍手が起こった。史人は指先からスルスルと紐状の物を出すと、子猫の首にそれを巻きつけて即席の首輪とリードを作り抱き上げた。メグだけでなく、そこにいた誰もが史人の鮮やかな魔法に釘付けになった。


「リリア、さすがだね」


「全然だめにゃよ。この子はトロかったからできたけど、狭いところに潜り込まれたらあたしでも捕まえるのは難しいにゃ。それに、すばしこくて確かじゃにゃいけど、少なくともこれ以外に五匹はいるにゃ」


 それを聞いた史人は、棟梁と鈴木を呼ぶとリリアの話をそのまま伝えた。


「まだ五匹も……」


 ふたりの絶望的な様子に、賑やかだったギャラリーもしんと静まり返った。


「とりあえずこの子をお願いします。我々はできるだけ他の子猫を捕まえる努力をしますので」


「さっきも言いましたが工期が遅れてて一時間でも惜しいんです。どうかよろしくお願いします」


 棟梁と鈴木は深々と頭を下げると、その場にいた作業員たちに今できることを少しでも進めておくようにと指示を与えて出て行った。その後ろ姿を見送りながらメグは心苦しく思っていた。


「本当に困ってるんですね。私にも何かできたらいいのに……」


「何言ってるの。メグちゃんも一緒に解決策を考えるんだよ。君はもう魔法課の職員なんだから」


「すみません、そうでした。でも、どうしたら……あ、餌でおびき寄せるのは?」


「時間があればいいけど、急を要するからね……」


「そっか、そうですよね」


 それまで黙っていたリリアが口を挟んだ。


「やっぱり直接捕まえるのが早いにゃよ。ふみの蔦で絡め取るのはどうにゃ?」


「うーん、狭い場所に入り込んだ子猫には有効だろうね。だけど闇雲に蔦を伸ばしても柱に絡みつくだけだろう。床下の様子が見えたらいいんだけど……」


「メグの遠視を使えばええやないか」


 その声と同時に、メグの目の前に大きな毛玉が降ってきた。


「ゴン太!」

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