独壇場、再び①

 ◇


 杉下は警察署内のある取調室で結斗と対峙していた。

 結斗は依然大人しく指示に従っており、受け答えもしっかりしている。

 一連の事件事故への関与もアッサリと認めた。

 杉下の後方に塚田が同席する形で、聴取は続く。


「八月、四人の高校生を襲った理由は?」

「彼らが美結のいじめに関わっていたから。罰を与えたくて襲いました」

「彼らといじめの関りについてはどうやって知った?」

「美結がね、日記に残してたんですよ」

「その日記は今どこに?」

「俺のアパートにあります。あの日記の存在は父も母も知りません」


 淡々とした会話が続く。

 結斗は非常に落ち着いていた。

 最初からこの時が来るのを承知していたかのように、淀みなく答えていく。


「美結はいじめられていた事を最期まで誰にも言いませんでした。そのいじめは中学に入ってすぐ始まったみたいで、美結はずっと独りで耐えてた」

「彼女の異変にはまったく気付かなかったのか?」

「俺、陸上の推薦で県外の高校に進学したんで、美結が中学に上がるのと同時に家を出て寮に入ったんです。だから美結が悩んでることに気付いてやれなかった」


 結斗の声からは強い後悔の音がする。


「あいつ昔からワガママ一つ言わない性格で。親に心配かけたくないからって、どんな時も笑顔で明るく振る舞う子でした。それが本当にうまくて、両親に本心を悟られた事は一度も無かった。気付けるのは俺だけだったんです。……高一の終わりに母さんから『春になったら引っ越しをするから春休み中に荷物をまとめに来て欲しい』って連絡がありました。美結が学校に行けなくなってたことを俺が知ったのは、その帰省の時です。俺が陸上に集中できなくなると思って秘密にしてたそうです」


 兄を想うばかりに、兄だけが美結の実情を知らされていなかった。


「帰省した時に会った美結は、痩せてました。『お兄ちゃん忙しいのにごめんね』って笑うんですけど、その笑顔が痛々しくて……。俺、何度も何があった?って聞いたんですけど、あいつ全然言わなくて。結構粘ったんですけどこれ以上は逆効果だと思って、今は言えるときじゃないんだって自分に言い聞かせて、美結が話せるタイミングを待つことにしました。でも……やっぱりあの時、強引にでも聞いておけばよかった……」


 杉下は、常盤台高校の前で莉佳に駆け寄る結斗を見た時、爽やかな好青年だと思った。

 次に彼を拘束したアパートでは、仕返しを楽しむ狂気のようなものを感じた。


 そして、今杉下の前にいる彼は、妹を想う一人の兄だ。

 妹の異変に気付けるのは唯一自分だけと知りながらも家を出た。

 再会し悩みを聞き出そうにも叶わず、見守ることを選んだ。

 結果、妹は死んだ。


 美結を守れなかったことで、結斗の行く先は変わったのだろう。


「美結は俺達家族に手紙を遺してました。ずっと独りで辛い思いをしてたはずなのに手紙には『あの時何も話せなくてごめんね』とか『身体を大切にしてね』とか『お父さんとお母さんをよろしくね』とか……。そんな事ばかり書いてました。その手紙を何度も読んでたら、封筒の内側に小さく数字が書いてあることに気付いたんです。パスワードだと思ってすぐ美結のスマホで試したけど違いました。それで、美結の部屋の中探してみたら、ダイヤル式の鍵が付いた手帳を見つけました」


 その手帳は美結が中学入学を機に付け始めた日記だった、と結斗は言う。


「美結は入学前から中学生活を楽しみにしてました。入学したばかりの頃の日記には、新しい友達ができて嬉しい、学校が楽しいって書いてありましたけど、それは最初の数週間だけでした。はじめはグループ内で自分だけ冷たくされてる気がする、とか、最近物を失くすことが多いから気を付けないと、とかそんな感じだったんです。でも美結もそれが偶然じゃなく嫌がらせだったことに気付いたみたいで……。そこからは早かった。嫌がらせはすぐにいじめになってました」


 結斗がもう少し早くにその事実を知っていれば……。悔しかっただろう。

 美結が亡くなったあとで全てを知ってももう遅い。

 美結は絶対に帰ってこない。


「日記の最後は俺へのメッセージでした。『この日記をお兄ちゃんに見せること、ものすごく悩んだ。だけど、お兄ちゃんに秘密を遺していくのは嫌だから封筒の中にコッソリ鍵の番号を書きました。気付いてくれたなんて、さすが私のお兄ちゃんだね! 私はこの日記を読んだお兄ちゃんに何かして欲しい訳ではありません。ただ、春休みに帰ってきた時、何度も何度も、何があった? って聞いてくれたのに私何も答えてなかったから。私、お兄ちゃんにだけは隠し事できないみたい! お兄ちゃん、ごめんね。私はもうここから逃げるけど、これから私が行くところはきっと今よりも良いところだと思うから心配しないで。お父さんとお母さんには、この日記の事内緒にしてください。これ以上悲しませたくありません。最後に……お兄ちゃん! 大好きだよ。私のお兄ちゃんでいてくれてありがとう。美結』」


 結斗は彼のアパートにあるその手紙の内容を、まるで読み上げるようかのように滑らかに話した。

 それは結斗が何度も何度も、穴が空くくらい美結の日記を読み返した証だった。


「美結が仕返しを願ってないことは分かっています。でも、それじゃ俺の気が治まらなかった。俺は日記に名前が出て来た生徒への制裁を決めた。美結が不登校になってんのに何の調査も対応もしなかった担任に罰を与えようと決めた。犯行の理由は、まぁ、そんな感じです」


 そこまで言い終わると、結斗から寂しそうな兄の顔は消えた。

 吹っ切れたような、覚悟を決めたような、そんな清々しさすら感じる。

 ここまで黙って聞いていた杉下は、彼との質疑応答を再開した。


「最初に襲った四人に関する日記の内容は?」

「あの四人のうち最初に出てきたのは桐坂でした。五月の連休明け、突然彼に『勝手なこと言い触らすな、気持ち悪い』って言われたって。美結はソイツの事が好きだったみたいで、それを知った柿崎たちが桐坂を怒らせるようなことを言ったんだろうって」


 先日話してくれた桐坂健吾の証言と合っている。


「六月には亘が教科書をくれたって書いてありました」

「亘君は美結さんに協力的だったのに、なぜ襲った?」

「いじめの事実を知ったくせに放置したからですよ。まぁ、彼を口止めしたのは美結本人だったみたいですけど、それでも俺としては何か行動を起こして欲しかった。だから、襲いました。でも彼には加減しましたよ?」


 これも亘修一の証言と合っている。

 しかし結斗は、亘が美結の意に反し教師に報告していた事は知らないらしい。


「亘君は美結さんから止められてはいたが、その後担任の岩田に報告してた。放置したのは亘君じゃなく岩田だ」

「あれ、そうだったんですか? じゃあ、彼には悪い事をしたかなー。でも、岩田がダメなら他の方法も取れたんじゃないですかね。っつーか、あのクソ教師、報告受けてたのかよ。だったら初めからマスコミとかネットに情報バラまいて社会的に殺してやればよかった」


 九月のはじめ、教育委員会に送られてきた匿名のタレコミも結斗の仕業だった。

 調査方法についても聞きたいが、順を追って整理しなくてはならない。

 杉下は話の脱線を回避し、先に木部と須藤について尋ねた。


「木部と須藤? あぁ、アイツらの名前が出てきたのは七月でした。美結は夏の暑い日に下着を取られて、ジャージを着たまま体育の授業を受けていた。木部はその時、脱がされてたとこを見ていたのに何もしなかった。須藤は馬鹿みたいに女の言いなりになって、美結を屋上に呼び出した。どっちも罰を受けて当然だと思いますけど」

「木部さんはそのことをずっと酷く反省している。須藤君は何も知らされないまま利用されていた」

「反省したから何だっていうんです? 須藤は何も知らなかった? 呼び出す先は立ち入り禁止の屋上ですよ? ちょっと考えればおかしいことに気付くでしょ」


 結斗の言うことも一理ある。

 実際、須藤たちは結斗に指摘されずとも、自身でそのことに気付き猛省している。

 しかし彼らがどうあろうと、結斗は赦せないのだろう。

 今ここで結斗と赦しについて議論しても埒が明かない。

 杉下は聴取を続けた。


「彼らの顔や卒業後の進路はどうやって調べた?」

「そんなの簡単ですよ。フルネームや顔は美結の入学式の写真や名簿で確認しました。顔が分かれば尾行ができる。そしたら進学先や行動パターン、自宅なんて簡単にわかります。実行するのは今年になってからって決めてたんで、彼らが卒業するまで待ちました」

「どうしてすぐに実行しなかった?」

「俺が高校を卒業しないと自由に身動きが取れなかったからです」


 スポーツ推薦で県外の高校へ進学した結斗は、寮生活だと言っていた。

 確かにそれだと自由は制限されるだろう。

 結斗は年に数回許される帰省のタイミングで、わざわざ前の自宅がある緑山中付近まで出向き、彼らの自宅を突き止めたという。

 彼らは美結に兄がいることを知らなかったため、緑山中の学区内で万が一結斗と遭遇しても不審に思われる事はない。

 実際にいじめ行為を行っていた三人も含んだ合計七人の進学先は、春になり結斗が自由に動けるようになってから一人ずつ調べ上げたそうだ。


 じっくりと時間をかけて、でも確実に狙いを定める。

 その様はさながら、捕食者を狙う鷹のようだと杉下は思った。

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