第2話 ご機嫌な車内

 エミリが静かになったところで車内では再びアイドルソングがこだまし始めた。


 小太りの運転手は相変わらず指でリズムをとりながら、ご機嫌に運転しており、彼の世界では俺たちが騒いでいようとアイドルソングのことで頭がいっぱいの様子だった。


 ともあれ、傍から見れば接点のないであろう俺たちをのせたタクシーは、渋滞どころか右も左も、前も後ろも車が通ることのない道路を快調に飛ばしており、気持ちが良いくらい自由に突き抜けていた。


 まるで貸し切り道路とでもいうべき状況の中、フロントガラスからは目的地である「ギフトガーデン」とやらの一部が姿を現した。

 フロントガラスから見えるギフトガーデンの景色は、多くのビルやタワーが立ち並ぶまさに都会といった雰囲気だった。


 パンフレットには、ものすごい金をかけた、素晴らしい場所だって書いていたものだから、もっといろんなものを期待をしていた。

 だが、意外や意外、都会の一部分をそのまま抜き取り、そのまま海にうかべたかのような外見に少しだけがっかりした。


「なんか普通に都会って感じだなぁ」


 そんな思いからか、ついそんな言葉を口にしてしまった。もちろん外観だけの感想だから、中に入ってみればそれはもう驚きの連発だとは思うが、そんな言葉にエミリはものすごい反応を示した。


 わざとらしい驚嘆を上げたエミリは、すかさず俺に詰めよってきた。


 彼女が再び近づいたことに、俺は今度は引っ付かれないようにと押し返そうとしたのだが、その手は今にもエミリの大きく柔らかそうな胸へと接触しそうだった。 


 それゆえに俺はすぐさま両手を上げて、なにもされていないというのに、さながらホールドアップ状態になってしまった・・・・・・どうやら、女性は武器をもたずして男をホールドアップできるようだ。


「な、なんだよっ」


「ルーシー、ここは、ありとあらゆる分野の最先端が集まる世界で最も優れた場所なのよ、しかも周りには超能力者ギフテッドであふれかえっている。それをただの都会だなんて、もう少し感性を磨くべきよっ」


 彼女の表情はムムッとした怒り顔であったが、その美しい顔立ちのおかげかそれほど怒っているようには見えなかった。


 それゆえに彼女は損することもある、と話していたことがあった様な気がするが、それはあながち間違いではないだろう。現にその怒った表情は少しばかり魅力的だ。


「・・・・・・」


「ちょっと聞いてるの?」


 エミリに見とれていると、彼女のデコピンが飛んできた。


 長い指から放たれたデコピンはそれ相応の痛みを額に与えてきた。ジンジンと痛むする額を抑えつつ、お陰で変な気持ちが吹き飛び、目が冴えた。


「痛いって」


「ちゃんと聞いて、わかった?」


「あ、あぁ、ギフテッドね」


「そう、ギフテッドよギフテッド、ルーシーはうれしくないの?」


 エミリは嬉しそうにギフテッドという言葉を連呼し、今度は満面の笑みになった。


 エミリと初めて会った当初は、こんな笑顔の一つにも照れてしまうほどかわいらしさを感じて、彼女の虜になってはいたのが懐かしい。

 だが、今日という日まで培ってきた彼女との生活のせいで、この笑顔は少し煩わしいものとなってしまったのは非常に残念な限りだ。


「嬉しいもなにも、こっちは状況がまるで理解できないんだ、巻き込まないでくれ」


「巻き込む?」


「そうだ、なんで俺はタクシーに乗って変なパンフレット読まされてるんだ」


「あぁ、それなら説明してあげましょう、あなたは今日からあそこでギフテッドの仲間入りを果たすの、もちろん夢ではないわ」


「夢であってほしかった」


「何を言ってるの、夢なんて馬鹿げたこと言わないの」


「けど、最後の記憶じゃ病院に連れていかれてる所だったのに、今はタクシーの中。どう考えても現実的じゃない」


「そうかしら、ギフテッドという存在が見つかった時から過去にあった現実なんてとうにぶっ壊れてると思うんだけど?」


「・・・・・・それは」


「そうよね、言葉に詰まるわよね?」


 あまりに的を得た言葉に俺は何も言い返せなかった。そして目の前では「でしょう」とでも言いたげなエミリがどや顔を見せていた。


 エミリのこの態度に俺は何の反論をすることも出来なかった。なぜなら今日という日を迎えるまで「ギフテッド」という言葉を聞かない日はなかったからだ。


 そして、ギフテッドっていうのは俗にいう「超能力者」であるという事であり、世界中に活躍の幅を広げているからだ。


 だからこそ、俺のこの状況が現実離れしているなんてのは取るに足らない事実だった。だが、それにしてもこの唐突な展開に驚きと動揺、それから不安がぬぐいきれずにいた。


「そ、それにしたってこの状況はおかしい」


「でもね、ここでギフテッドとして迎え入れられることはとても素晴らしいことなのよ、もう少し喜ぶべきだと思うけど?」


「素晴らしいも何も、ギフテッドってのは先天的なもんなんだろ、それがどうしてこの歳になっていきなり超能力者なんだよ」


「あら、よくわかってるじゃないギフテッド博士ね」


「なにがよくわかってるだよ、全部エミリが教えてくれたことだろ、こんなの絶対なんかの手違いだ」


「いやいや、だから連れてこられたのよルーシー」


「どういう意味だ?」


「わからない?あなたは世にも珍しい後天性突然変異型のギフテッドなのよ」


 エミリはさも素晴らしいことのように晴れ晴れとした表情で言った。


 だが、そんなエミリとは裏腹に俺の心は墨かなかんかで塗りつぶされていくかのように暗くなっていくような気がした。

 思えば、昨日からずっとエミリに言われ続けてきている「後天性ギフテッド」という言葉。


 この言葉が俺の頭にこびりつき、まるでメリーゴーランドのようにぐるぐると脳内を回り続けていた。そして、それはここ最近の俺を最もネガティブにしてくる嫌な言葉にしか思えなかった。


 だから、すぐさま反論することにした。


「あのなエミリ、突然変異型とか、ギフテッドとか、はっきり決まったわけじゃないんだから、人を何かの化け物みたいに言うのをやめてくれないか?」


「どうして?」


「どうしても何も、俺は普通の人間だからだよ、そんな言い方はないだろ」


「普通の人間?」


「そうそう」


「違うにきまってるじゃない」


「おい、ド直球はやめろ」


「そりゃそうよ、だからあなたはここにいるのよ、本当ならあの治安が悪い場所で、治安の悪い高校へ行く予定だったけど、あなたが特別だから、こうしてギフトガーデンに向かっているのよ」


「いや、だから俺はそのことについて同意したわけでもなんでもなくてさ」


「これはおばあちゃんからの命令なの、私はおばあちゃんからあんたを任されてるの、だから私は絶対にあなたをギフトガーデンに送り届けるの」


「い、いや、だからと言ってさぁ」


「だからと言って何?」


 次なる言葉が出てこない俺はその場で黙りこくるとエミリは満足げな顔をした後「わっ、そろそろ着くみたいよ」などという空気の読めない言葉を発していた。

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