第64話 恋心
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向日葵と融合したことで、耳や目を含む素の身体能力が上がっていることが仇になった。
まだ少し距離があるのに、2人のために弁当を持ってきた美空の耳に、ムーランの言った衝撃の一言が聞こえてしまったのだ。
(え……えええええええええええっ!?!?)
衝撃。圧倒的衝撃。まさか、ムーランがこんな提案をするなんて思ってもみなかった。
こんなデリケートな問題、美空が口を挟めるわけない。
それに、親がいない苦しみというのは……痛いほど、わかる。
まだ小さかろうと、いい大人になろうと、親がいないことの虚無感というのは変わらない。いないことが普通と割り切っていても、不意に去来する気持ちには逆らえない。
鬼さんも、もう昔みたいに危険な仕事をしているわけではない。ここで頷いても、止める権利は……ない。
唇をそっと噛み締める。
わかっていた。元から、自分にはチャンスはないと。年齢差に加えて、結婚の有無。自分より歳上の子供。最初からノーチャンスすぎた。
どうしたはいいかわからず、立ちすくむ。
と……自分の気配に気付いていたのか、鬼さんがこっちに目を向けた。
視線が合わさり、一瞬だけ時が止まったかのような感覚になる。
鬼さんはそっと微笑むと、もう一度ムーランの方を見た。
「母さんは……
「……いえ。お母様からは、ここに行けばわたくしに必要な人と会える、と……」
「ふふ、彼女らしい。……考えさせてください。少し、整理したいです」
「……わかりましたわ。申し訳ありません、突然こんなことを言ってしまって……」
「あなたなりに、私と母さんのことを思ってくれたのですよね。ありがとうございます、風夏」
鬼さんはムーランさんの頭を撫でると、立ち上がってこっちへやって来た。
どういう顔をしていいかわからない。とりあえず笑えばいいのだろうか。
……ダメだ、笑える自信がない。祝える自信がない。
無意識のうちに顔を伏せると、鬼さんが目の前で止まった。
「おや、お弁当を持ってきてくださったのですか? お気遣い、ありがとうございます」
「ぁ……い、いえっ。せっかくですから、家族水入らずと思って……」
あ……ダメだ。言葉が止まらない。口が、勝手に……。
「……鬼さんは……再婚されるんですか……?」
「さあ、どうでしょう。……しばらく、考えます」
「ッ……す、すみませんっ、赤の他人が変なこと聞いちゃって……こ、これ、お2人で食べてください。それでは……!」
鬼さんに弁当を押し付け、逃げるようにみんなの所に戻った。
これ以上、この気持ちを抱いたまま鬼さんの傍にはいられない。
溢れ出そうな気持ちを封じ、笑顔を作って八百音の隣に座った。
「おかえり、美空。……って、あんた大丈夫?」
「え、何が? 別に何もないけど」
「……あんたがそう言うなら、私は何も言わないけどさ……」
さすが親友。少しの変化を察してくれた。
でもこんな場所で、この気持ちを吐露することはできない。
すべての気持ちを飲み込むように、美空は両手におにぎりを持ってがっついた。
「お? いいねぇいいねぇ! みみみちゃん、豪快じゃねーか! 俺も負けてらんねぇなぁ!」
「ちょっ、岩さんそれ自分のなんすけど!」
関わりの薄い岩さんと氷さんは、美空の変化に気付いていない。
モチャは気付いているみたいだが、特に踏み込んでくることなく、向日葵と遊んで注意を引いてくれていた。
ありがたい。……こんな気持ち、誰にも知られたくない。
こんな……醜い嫉妬なんて。
弁当を食べ終えると、鬼さん、氷さん、岩さんは自身の持ってきていたレジャーシートをしまい、帰りの支度を始めた。
「あれ、センパイたち帰んの?」
「ええ。今日はリフレッシュと気分転換で来ただけですので。それに、我々大人がいると子供たちは疲れるでしょうから」
「アタシは子供か」
「とんでもありません。皆さんの引率、頼みましたよ、
「……はぁ。わかったよ。じゃあね、センパイ。またダンジョンで」
「ええ、またダンジョンで」
3人はにこやかに手を振ると、荷物を持って去っていった。
なんとなくずっと緊張気味だった気持ちが、ようやく緩む。
ゆっくり息を吐くと、向日葵が美空の脚に抱きついた。
【みしょら、だいじょぶ?】
「だ、大丈夫大丈夫っ。本当に……っ」
向日葵の澄んだ瞳が、真っ直ぐ美空の目を覗き込んでくる。
まるで、目の奥……今、美空が感じていることをすべて見透かすような視線だ。
「お嬢ちゃん、諦めた方がいいよ」
「ここにいるみんな、美空の様子が変なことくらい、お見通しなんだからさ」
「ぐっ……」
そんなにわかりやすかっただろうか。最後の方は、上手く隠せてると思ったのに。
どう言えばいいかわからず口をつぐんでいると、ムーランが「あのぉ……」と口を開いた。
「ミソラ様。もしかして、さっきのわたくし達の会話が原因ですか?」
「そっ、そうじゃっ! ……ない……とは……」
ここで否定して、自分の気持ちに嘘をつくのは簡単だ。逃げの一手として、最良だろう。
けど……気持ちに嘘をついていいのか、まだ判断できない。
そこまで合理的に考えられるほど、美空は大人ではなかった。
思わず黙ってしまうと、八百音がムーランに話しかけた。
「ムーランさん、会話って?」
「……先程、パパとお話しまして……もう一度、お母様とわたくしと一緒に暮らさないかと、提案したのですわ」
「……あ〜……なるほど」
美空の気持ちとモチャの事情を知っている八百音は、気まずそうに頷いた。
モチャは意外と冷静というか、特に大きなリアクションは見せていない。黙って、ムーランの話を聞いていた。
ムーランはきょとんとして周りを見渡し……ハッとした顔でこっちを見てきた。
「もしかして……ミソラ様、パパのことが好きなんですの……!?」
「ぅぐっ……」
「はわわわっ……! た、確かにわたくしの提案は、ミソラ様にはキツいものですわね……」
ムーランは神妙な顔で頷く。
意外な反応に、目を見開いてムーランを見た。
「えと……なんとも思わないんですか? 歳下の女の子が、自分の父親を好きだって……」
「え? その理屈はよくわからないのですが……誰かを好きになるなんて、止められるものじゃありませんよ。好きなら好き。愛してしまっては、仕方ないではないですか」
大人すぎる返しに、ぐうの音も出なかった。
どう反応しようか困っていると、ムーランは美空の手を握り、目を輝かせて詰め寄った。
「それよりミソラ様っ。どうしてパパを好きになったんですの? わたくしに、パパとの思い出を聞かせてくださいませっ……!」
「え……はいっ!?」
「お願いしますわ、ミソラ様……!」
まさか、こんな風に詰め寄られるとは思わなかった。
「う、ぐ……まあ……はい……」
「! ありがとうございますわ、ミソラ様!」
ムーランは満面の笑みを見せ、美空の手を引いてレジャーシートに座る。
八百音とモチャも苦笑いをうかべ、向日葵とともにシートへ腰を下ろしたのだった。
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