第64話 恋心

   ◆◆◆



 向日葵と融合したことで、耳や目を含む素の身体能力が上がっていることが仇になった。

 まだ少し距離があるのに、2人のために弁当を持ってきた美空の耳に、ムーランの言った衝撃の一言が聞こえてしまったのだ。



(え……えええええええええええっ!?!?)



 衝撃。圧倒的衝撃。まさか、ムーランがこんな提案をするなんて思ってもみなかった。

 こんなデリケートな問題、美空が口を挟めるわけない。

 それに、親がいない苦しみというのは……痛いほど、わかる。

 まだ小さかろうと、いい大人になろうと、親がいないことの虚無感というのは変わらない。いないことが普通と割り切っていても、不意に去来する気持ちには逆らえない。


 鬼さんも、もう昔みたいに危険な仕事をしているわけではない。ここで頷いても、止める権利は……ない。


 唇をそっと噛み締める。

 わかっていた。元から、自分にはチャンスはないと。年齢差に加えて、結婚の有無。自分より歳上の子供。最初からノーチャンスすぎた。

 どうしたはいいかわからず、立ちすくむ。

 と……自分の気配に気付いていたのか、鬼さんがこっちに目を向けた。

 視線が合わさり、一瞬だけ時が止まったかのような感覚になる。

 鬼さんはそっと微笑むと、もう一度ムーランの方を見た。



「母さんは……夏輝なつきさんは、それを伝えるためにあなたをここへ?」

「……いえ。お母様からは、ここに行けばわたくしに必要な人と会える、と……」

「ふふ、彼女らしい。……考えさせてください。少し、整理したいです」

「……わかりましたわ。申し訳ありません、突然こんなことを言ってしまって……」

「あなたなりに、私と母さんのことを思ってくれたのですよね。ありがとうございます、風夏」



 鬼さんはムーランさんの頭を撫でると、立ち上がってこっちへやって来た。

 どういう顔をしていいかわからない。とりあえず笑えばいいのだろうか。

 ……ダメだ、笑える自信がない。祝える自信がない。

 無意識のうちに顔を伏せると、鬼さんが目の前で止まった。



「おや、お弁当を持ってきてくださったのですか? お気遣い、ありがとうございます」

「ぁ……い、いえっ。せっかくですから、家族水入らずと思って……」



 あ……ダメだ。言葉が止まらない。口が、勝手に……。



「……鬼さんは……再婚されるんですか……?」

「さあ、どうでしょう。……しばらく、考えます」

「ッ……す、すみませんっ、赤の他人が変なこと聞いちゃって……こ、これ、お2人で食べてください。それでは……!」



 鬼さんに弁当を押し付け、逃げるようにみんなの所に戻った。

 これ以上、この気持ちを抱いたまま鬼さんの傍にはいられない。

 溢れ出そうな気持ちを封じ、笑顔を作って八百音の隣に座った。



「おかえり、美空。……って、あんた大丈夫?」

「え、何が? 別に何もないけど」

「……あんたがそう言うなら、私は何も言わないけどさ……」



 さすが親友。少しの変化を察してくれた。

 でもこんな場所で、この気持ちを吐露することはできない。

 すべての気持ちを飲み込むように、美空は両手におにぎりを持ってがっついた。



「お? いいねぇいいねぇ! みみみちゃん、豪快じゃねーか! 俺も負けてらんねぇなぁ!」

「ちょっ、岩さんそれ自分のなんすけど!」



 関わりの薄い岩さんと氷さんは、美空の変化に気付いていない。

 モチャは気付いているみたいだが、特に踏み込んでくることなく、向日葵と遊んで注意を引いてくれていた。

 ありがたい。……こんな気持ち、誰にも知られたくない。


 こんな……醜い嫉妬なんて。






 弁当を食べ終えると、鬼さん、氷さん、岩さんは自身の持ってきていたレジャーシートをしまい、帰りの支度を始めた。



「あれ、センパイたち帰んの?」

「ええ。今日はリフレッシュと気分転換で来ただけですので。それに、我々大人がいると子供たちは疲れるでしょうから」

「アタシは子供か」

「とんでもありません。皆さんの引率、頼みましたよ、淑女レディー

「……はぁ。わかったよ。じゃあね、センパイ。またダンジョンで」

「ええ、またダンジョンで」



 3人はにこやかに手を振ると、荷物を持って去っていった。

 なんとなくずっと緊張気味だった気持ちが、ようやく緩む。

 ゆっくり息を吐くと、向日葵が美空の脚に抱きついた。



【みしょら、だいじょぶ?】

「だ、大丈夫大丈夫っ。本当に……っ」



 向日葵の澄んだ瞳が、真っ直ぐ美空の目を覗き込んでくる。

 まるで、目の奥……今、美空が感じていることをすべて見透かすような視線だ。



「お嬢ちゃん、諦めた方がいいよ」

「ここにいるみんな、美空の様子が変なことくらい、お見通しなんだからさ」

「ぐっ……」



 そんなにわかりやすかっただろうか。最後の方は、上手く隠せてると思ったのに。

 どう言えばいいかわからず口をつぐんでいると、ムーランが「あのぉ……」と口を開いた。



「ミソラ様。もしかして、さっきのわたくし達の会話が原因ですか?」

「そっ、そうじゃっ! ……ない……とは……」



 ここで否定して、自分の気持ちに嘘をつくのは簡単だ。逃げの一手として、最良だろう。

 けど……気持ちに嘘をついていいのか、まだ判断できない。

 そこまで合理的に考えられるほど、美空は大人ではなかった。

 思わず黙ってしまうと、八百音がムーランに話しかけた。



「ムーランさん、会話って?」

「……先程、パパとお話しまして……もう一度、お母様とわたくしと一緒に暮らさないかと、提案したのですわ」

「……あ〜……なるほど」



 美空の気持ちとモチャの事情を知っている八百音は、気まずそうに頷いた。

 モチャは意外と冷静というか、特に大きなリアクションは見せていない。黙って、ムーランの話を聞いていた。

 ムーランはきょとんとして周りを見渡し……ハッとした顔でこっちを見てきた。



「もしかして……ミソラ様、パパのことが好きなんですの……!?」

「ぅぐっ……」

「はわわわっ……! た、確かにわたくしの提案は、ミソラ様にはキツいものですわね……」



 ムーランは神妙な顔で頷く。

 意外な反応に、目を見開いてムーランを見た。



「えと……なんとも思わないんですか? 歳下の女の子が、自分の父親を好きだって……」

「え? その理屈はよくわからないのですが……誰かを好きになるなんて、止められるものじゃありませんよ。好きなら好き。愛してしまっては、仕方ないではないですか」



 大人すぎる返しに、ぐうの音も出なかった。

 どう反応しようか困っていると、ムーランは美空の手を握り、目を輝かせて詰め寄った。



「それよりミソラ様っ。どうしてパパを好きになったんですの? わたくしに、パパとの思い出を聞かせてくださいませっ……!」

「え……はいっ!?」

「お願いしますわ、ミソラ様……!」



 まさか、こんな風に詰め寄られるとは思わなかった。



「う、ぐ……まあ……はい……」

「! ありがとうございますわ、ミソラ様!」



 ムーランは満面の笑みを見せ、美空の手を引いてレジャーシートに座る。

 八百音とモチャも苦笑いをうかべ、向日葵とともにシートへ腰を下ろしたのだった。


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