第23話 謎の通路

「……鬼さんは、最下層へ続く道は知らないんですか? あんなに強いなら、下層フロアもすべて把握している気もするんですけど……」

「はい、知っていますよ」

「そ、そうですよね。知ってますよ……ねッ!?」



 何気なく聞いたのに、サラッととんでもないことを答えてくれた。

 モチャさんも、レビウスも。そして恐らく、名前も知らない下層で活躍している攻略者も、長年探し続けている最下層への道。

 それを、鬼さんは知っている。

 前のめりで聞こうとすると、顔の目の前に手をかざされ、止められた。



「申し訳ありませんが、それをお答えすることはできません」

「あ……そ、そうですよね。ごめんなさい」



 攻略者は、ダンジョンを攻略するから攻略者なのだ。なのにクリア方法を知ってる人から教えてもらうのは、違う気がする。

 魔物を倒すために強くなる。ボスを倒すために誰かに師事する。

 だけどそれは、クリア方法を教えてもらうという訳ではない。自分自身が強くなり、自分自身の力で勝つ。それが重要なのだ。



「美空さんも、願いを叶えたいのですか?」

「え? んー……叶えたい願いはありますけど……正直、半信半疑なんですよね。なんでも願いが叶うアイテムなんて、そんな虫のいい話があるわけないって言うか……」

「意外と現実派リアリストなんですね」

「ふふ。夢見る乙女は卒業してますよ。……って、意外とってなんですかっ」

「はは。すみません」



 わざと拗ねたような顔をすると、鬼さんは朗らかに笑って謝罪する。こんな風に笑うのか、鬼さんは。初めて見たかもしれない。

 ひとしきり笑った鬼さんは、猫を撫でながら遠くにいる家族連れを見つめる。

 いや、家族連れじゃない。その向こうの……遠い記憶を思い出すような目をしていた。



「なんでも叶う願いなんて、叶えない方がいいですよ。欲しいものは、自分の力で勝ち取る。その方が絶対いいですから」

「あー、わかります。クレーンゲームとか、自分で取れるとすっごく嬉しいですもんね」

「……そのような感じです」



 絶対わかっていない鬼さんだが、なんとなくで話を合わせてくれた。美空は気付いていないみたいだが。

 と、その時。鬼さんの腕時計ビィ・ウォッチが震動した。どこからか、通知がきたらしい。



「おや……申し訳ありません、美空さん。仕事が入ってしまいました」

「え、今日お休みじゃ……」

「社会人ですから、こういうこともあります」



 鬼さんは猫を美空に預けると立ち上がり、服についた毛を払った。



「私は行きます。美空さんはどうしますか?」

「ウチは……もう少し、この子たちと触れ合ってます。今日はぐーたらするって決めたので」

「わかりました。それでは、失礼します。ダンジョン攻略、頑張ってくださいね」



 最後に、美空の頭を優しく撫でると、鬼さんは公園を後にした。

 思わぬ不意打ちに呆然としていた美空だが、急激に体温が上がり、顔を真っ赤にする。



「ぐっ、うぅ……! 今のはずりゅい……ずるすぎる、鬼しゃん……!」

「にゃ?」



   ◆◆◆



 翌日。美空はいつもどおり、八百音と共にダンジョンに来ていた。

 だが、今日はいつもとは違う。別の通路を通り、今まで来たことのない場所へとやって来ていた。

 昨日、今までとは違うことをしたらいい事があったから、願掛けのようなものだ。

 いつもと違うところと言えば、もう1つ。美空がずっとご機嫌なことだ。



「美空、なんかご機嫌だね」


『思った』

『鼻歌歌ってるもんな』

『かわいい』

『ご機嫌みみみ』

『顔だらしないぞ』


「え、気付いた? 気付いちゃった? いやぁ、気付いちゃったか〜」

「は?」


『は?』

『は?』

『草』

『草』

『かわいい』

『あ??』

『草』

『うざかわ』

『安定のうざムーブ』

『そんなところも好き』



 美空のうざムーブにも慣れた様子のコメント欄を見て、八百音は少し……いやかなり引いた。だいぶ教育されているな、という意味で。



「……で、何かいいことでもあったの?」

「まあねぇ〜。昨日早起きしてお散歩してたら、偶然鬼さんに会っちゃったんだ〜」


『ああ、なるほど』

『そりゃ仕方ない』

『みみみ、鬼さんのこと大好きだもんな』

『これはガチ恋』

『他の男は許さんけど鬼さんなら許せる不思議』

『ぐうわかる』

『俺も会いたい』

『みみみうらやま』

『鬼さんは俺のだぞ!』



 えへえへ、と頬を緩める美空。

 理由に納得した八百音は、呆れ顔で美空を見た。



「美空が嬉しいのはわかった。けどここはダンジョンなんだから、気を引き締めな」

「わかってるよぅ。……でゅふ」

「うわ」


『草』

『素の「うわ」だったな』

『ヤオたそのうわいただきました』

『【投げ銭:2000円】うわ代』

『確かに今のはキモかった』

『みみみ、もっと乙女って自覚しな?』


「う、うっさいわい」



 そんなこと、自分がよくわかってる。

 けどそれとこれとは話が別だ。嬉しいものは嬉しい。それを喜んで何が悪い。

 どうしても引き締まらない頬をこねくり回していると、不意に八百音の足が止まった。



「ヤオ?」

「なんか……ここ、おかしくない?」

「え?」



 八百音の見ているマップを覗き込む。

 このマップは、先人が命を賭して作り上げたものだ。このマップがあるから、ある程度は安全にダンジョンを攻略できる。

 自分たちが立っている場所には、赤い点が記されている。前を見ても後ろを見ても一直線なのだが……マップ上には、右側に通路が示されていた。



「た、確かに……通路がないのに、通路が表示されてる……?」

「丁度、この辺かな」



 八百音が壁に手をかざしてみる。

 だが、何も起こらない。ゲームのように、ギミックが存在するわけじゃないらしい。



「殴ってみる?」

「だね。美空、下がってて」

「わかった」



 美空が下がったのを確認して、八百音が砂魔法を発動する。

 モチャとの特訓で、今や八百音の砂は鋼鉄以上の硬さを手に入れている。それを圧縮し、尖らせ、勢いのままに……放つ。

 ──ゴッッッ! ギリリリッ……!!

 が、少しダンジョンの壁を削っただけで、穴を開けるどころかヒビすら入らない。



「かった。ここ、普通のダンジョンの壁より硬い気が……」

「ヤオ、次はウチがやるよ」



 八百音とバトンタッチして、今度は美空が壁に向かう。

 手を伸ばし、魔力を集中。昨日、鬼さんに教えてもらった通りのことをイメージすると、今まではバランス悪く揺らいでいた炎が、今日は安定して球体となる。

 けど、まだだ。もっとやれる。八百音の魔法で貫けない壁が、この程度の炎で砕ける訳がない。

 炎を作り出す傍から圧縮、圧縮、圧縮。

 もっと……もっと……今。



「み、美空、それ──」

「《ファイヤーボール》!!」



 放たれたファイヤーボールが、渦を巻き壁に激突。

 直後。爆撃音と共に炎が広がり、こっちに向かってくる。

 八百音が咄嗟に2人を庇うように、砂の壁を展開して炎熱を防いだ。



「あぶっ……! み、美空! あんたもっと加減ってものを……!」

「なんで? ヤオならちゃんと防いでくれるって、知ってるから」

「う……まったくもう……」


『チョロい』

『ヤオたそちょろい』

『ちょろたそ〜』

『みみみに次ぐチョロさ』

『かわいい』

『目覚めそう』



 頃合を見て、八百音が砂の防御を解く。

 やはりと言うか、残念と言うか。壁は僅かに抉られているが、砕けてはいなかった。



「美空の炎でもダメか……てか、いつの間にちゃんとファイヤーボールを使えるようになったのさ」

「昨日、鬼さんにちょっとコツを教えて貰ってさ。でも……やっぱり硬いね。本当に道なんてあるの?」

「まあ、マップ上では……今度、モチャさん連れてるくる? あの人のパワーなら、何とかなりそう」

「そうしよっか」



 本当は、こんな障壁ぐらい2人の力で突破できなきゃ、話にならない。

 でもそれ以上に、この先に何かあるのか気になる。

 2人はとりあえず、ここまでの道をマップ上に保存して、別の場所に向かっていった。


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