第21話 アドバイス

 さっきの話を聞いたからか、興奮気味の八百音が目を輝かせて美空を見た。



「と、とんでもないこと聞いちゃったね、美空。なんでもっ、なんでも願いを叶えられるって……!」

「う、うん。……けど八百音。あんた永遠の若さとか、巨万の富とか、そんなのに興味ある性格だっけ?」



 首を傾げていると、八百音はそっとため息をついた。



「永遠の若さってことは、人体が老いることがないってこと。今の可愛さと若さのまま、病気にもならずにいられる。つまり物理的な死がない限り、ずっと生きられる……半不死になれるってことだよ」

「えー、ずっと死なないって嫌だなぁ。疲れそう」

「え、そう? 人生に飽きたら自分の意思で死ねるし、不老不死より良心的じゃない?」



 まったく魅力を感じなかった。

 美空の性格上、何をやろうにも無限に時間があると、「まあ明日でいいや」となるに決まっている。

 有限の時間があるから、人間は今日行動するんだ。無限の時間があっても、人生に華やかさはないだろう。



「じゃあ美空は、なんでも願いが叶えられるってアイテムを手に入れたら、何を叶えるの?」

「え? んー、そうだなぁ……」



 なんでもと言われると難しい。お金に関しても、今はかなり充実している。普通の会社で働く年収より、今の月収の方が多いから。

 かと言って、永遠の若さも微妙だ。理由は先に言った通り。



(となると……鬼さんとのけっこ……いやいやいやいや何考えてんのウチは!)



 人の気持ちを無理に変えて結婚なんて、絶対間違っている。

 それ以前に、鬼さんに対してそんな感情はない。……ないと思うことにする。さすがに歳上すぎるし。

 だけどそうなると、本当に願いがない。

 今の目標は下層に到達し、両親が見てきた世界をこの目で見ること。あわよくば、両親の痕跡を探すこと。

 ダンジョンボスはその更に下……最下層にいる。そこまで行く意味も理由も……。



「あ」

「お、何か思いついたん?」

「あー……できるかわからないけど……もう一度、パパとママと一緒に暮らしたい……かな」



 なんでも願いが叶うと言っても、人を生き返らせるなんてできないと思う。

 だけど、もし……本当になんでも叶うなら、それが1番の望みだ。

 願いを聞いた八百音は、はっと目を見開いて、美空の手を取った。



「できる……できるよ、きっと」

「……うん。そう、だね……ウチ、頑張ってみる」

「一緒に頑張ろう。……の前に、まずは中層を目指さないといけないけど」

「あはは……先は長いや」



 中層を目指すために、上層ボスを。上層ボスを倒すために、鍛えないといけない。

 いったい、いつになることやら。

 2人は互いに笑い合うと、まずは強くなるためにダンジョンの奥へと向かっていった。






 今日の訓練を終えて、八百音と別れて帰宅する美空。

 明日は平日で、八百音は学校だ。ダンジョンに行くのも、夕方以降になる。

 昼間に1人で行ってもいいけど、それだと夕方に疲れが残る。無闇に訓練するより、休憩も大事だってネットの記事でも読んだし。



(明日は休みにしようかなぁ……)



 思えば、ここ最近はずっとドタバタしていた気がする。鬼さんと出会ったり、モチャに訓練をつけて貰ったり、八百音とパーティーを組んだり。

 剣の手入れとか、体のメンテナンスとかして、ゆっくりすごそう。

 と、そんな事を考えていると、不意に良からぬことが脳裏を過ぎった。


 ──エゴサである。



(いやいやいやいや、無理無理無理無理)



 頭を振って、良からぬことを頭から振り払った。

 今までSNSやネットの記事が、無意識に目に留まったことは何度かある。

 幸い、それらは自分に肯定的なものだったし、応援のリプも嬉しい。

 だがしかし、エゴサは違う。

 自分から意識的に探しに行けば、それだけ悪い記事、悪い意見が目に留まる。

 もしボロクソに言われてたら、立ち直れないかもしれない。



(触らぬ神に祟りなし。目に入らなかったら、それらは存在してることにはならない)



 前に鬼さんも、顔も知らない人たちが何を言っても気にしないとか言っていた。

 なら自分も気にしない。もしこんなことでメンタルがヘラったら、奴らの思うツボだ。



「アホくさ。さっさと風呂入って、さっさと寝よ」



 美空は疲れを取るように伸びをして、自分の部屋へと入っていった。



   ◆◆◆



「モヂャざあぁんっ!!」

『え。ちょ、お嬢ちゃん、泣いてんの!?』



 夜中、大号泣でモチャにビデオ通話してしまった。

 理由はもちろんお察し。アンチコメのスレを覗いてしまったからである。

 モチャが配信していなくて助かった。もし配信していたら、事故配信になってしまう。

 この時間は八百音も寝ているし、鬼さんの電話番号も知らない。それにこんなこと、モチャにしか相談できない。


 涙ながらに説明すると、モチャは察したみたいで苦笑いを浮かべる。



『あー、あるある。アタシも最初はそんな感じだったなぁ』

「どじだらいいでずが」

『どうしようもない。みんなに好かれるなんて有り得ないからねぃ。対策としては、そんなものは見ない、近付かない。これしかないよ』

「み、見ちゃっだ場合は……?」

『決まってんじゃん』



 モチャは獣のような笑みを浮かべ、背後に迫っていたキメラをトールハンマーで粉砕した。



『コイツらに八つ当たり。魔物をアンチに見立てて、殺して、殺して、殺しまくる。そしたらスッキリするよん』



 野蛮すぎる回答だった。

 だけど、それもひとつの正解なのかもしれない。確かに悲しいのもあるが、アンチへの怒りがあるのも本当だ。



「……モチャさん。ウチ、ムカムカしてきました」

『良き良き。DTuberはアンチが湧きやすいけど、八つ当たり相手がいることがメリットでもある。その分鍛錬にもなる。アンチコメを読むことも、強くなるにはいい事だよ』

「な、なるほど。モチャさんも、敢えて読んでるってことですか……」

『にゃはは〜。まあそういうことっ』

「わかりました、ありがとうございますっ」



 モチャにお礼を言うと、通話を切った。

 モチャのアドバイスはもっともだ。泣いてる暇があったら、この悲しみや怒りを魔物にぶつけた方が、よっぽど効率がいい。



「やる気も大事だけど、感情も立派なエネルギー、か……よーしっ、やったるぞーっ」



 ……その前に、もうひと落ち込みしよう。

 美空は画面を消すと、自室にこもって膝を抱えた。


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