第20話 ダンジョンの噂

   ◆◆◆



「ねえ八百音。ちょっと突き飛ばしていい?」

「……? …………!?!?」



 翌日、ダンジョン内にて。美空は昨日のことを実践するべく、八百音に相談した。

 が、事情を知らない八百音は目を白黒させて、信じられないものを見るような目で美空を見た。



「つき……えっ。ごめん美空。私、あんた怒らせちゃった……?」

「え? あ、違う違う。えっとね」



 昨日の夜、鬼さんからアドバイスのメールがあったことを話した。なんでも、人を突き飛ばすイメージで放てばいいということも。

 だが、美空は今まで人を突き飛ばしたことがない。壁を押しても自分が反対側に押されるだけで、いまいち感覚がわからないのだ。


 と、すべてを説明すると……八百音はジト目で美空を睨み、鼻を摘まれた。



「いひゃいいひゃいっ。やほね、いひゃい!」

「紛らわしい言い方したあんたが悪い」

「ほへっ」



 最後に鼻先を指で弾かれた。ヒリヒリするが、自分が悪いから文句も言えない。



「まあ確かに、あんたって人に暴力とか絶対しなかったもんね。優しいし」

「そうかな」

「そうだよ。だから攻略者になるって聞いた時は、学校のみんなもめっちゃ驚いてた」



 そう言えば、みんなに止められたような気がする。結局この世界に飛び込んだけど。

 言われてみれば、ここで魔物を初めて倒したのも、結構時間が掛かった。八百音の言う通り、誰かを突き飛ばしたことも、ましてや叩いたこともない。

 今では、魔物を倒すことに躊躇はないが……人間、ここまで変わるとは思ってなかった。



「まあ、いいよ。そん代わり、手加減してよね」

「う、うん。わかった」



 八百音の前に立ち、両手を上げる。

 何度も言うが、美空は誰かを突き飛ばした経験がない。つまり、どこを突き飛ばせばいいのかわからない。

 美空は一瞬も躊躇せず──八百音のおっぱいを揉んだ。



「ヒュッ……!? って、何すんのさ!!」

「いべっ!?」



 思い切りはたかれた。頭を。

 八百音は顔を真っ赤にして胸を隠すと、セクハラしてきた美空を睨めつけた。



「なんで触った、なんで触った!?」

「い、いやぁ、突き飛ばし方がわからなくて、とりあえず触ろうかと」

「とりあえずで触んなアホ! 肩! 肩くらいを突き飛ばせばいいの!」

「あ、そっか」



 その発想はなかった。

 改めて、美空は八百音の肩に手を置いて、軽く押し出す。

 手に伝わる、八百音を突き飛ばす感覚。それに、自分の方に返ってくる反動。

 力の流れと向きを体で実感した。と、同時に……。



「どう?」

「罪悪感やばい」



 何もないのに、親友を突き飛ばしてしまった罪悪感が半端ではなかった。



「違うそうじゃない。なんかコツ掴めそう?」

「あ、そっちか。んー……試してみないとわかんないかな」



 美空は誰もいない方に向けて、手を突き出す。

 魔力を手の平に集中し……発火。炎が現れ、揺らめく。



(突き飛ばす。突き飛ばす。突き飛ばす。突き飛ばす……)

「突き飛ばす。突き飛ばす。突き飛ばす。突き飛ばす……」



 声に出すことで、思考をすべてそこに持っていく。

 集中。集中。とにかく集中。

 と……自分の中の魔力が、炎と繋がっているのがわかった。今まで特に意識していなかったが、今ならわかる。

 これが力の流れ。あとは……。



(力の向き……!)

「突き、飛ばす……!」



 魔力を力に置き換え、真っ直ぐ力を加える。

 そして──発火した魔力が炎の柱、、、となって、ダンジョンの壁へ激突した。

 確かに飛んだ。いや、飛んだと言うより、炎が伸びた、、、、、と言った方がいいかもしれない。

 思わぬ光景に、八百音は首を傾げた。



「なんか、違くない?」

「……ウチもそう思う」



 想像していたのは、炎の球が飛んでいく魔法だ。けどこれじゃあ、飛んでいるとは言い難い。

 2人揃って首を傾げていると、奥から足音が聞こえてきた。



「にゃはは〜。お嬢ちゃん、随分成長したじゃん」



 この笑い方と、この声は……。



「モチャさん。こんにちは」

「ちっすちっすー。ヤオたそも、ちっすー」

「ちーっす」



 なんだかんだノリのいい八百音が、モチャとハイタッチをした。



「でもモチャさん。どうしても飛ぶって感じじゃないんですよね。今のだって、炎の柱ができちゃいましたし」

「……まあ大丈夫大丈夫。遠距離には変わらんし」



 変な間があったのは気のせいだろうか。



「ともかく、焦っても仕方ないよん。ゲームじゃあるまいし、レベルとかステータスなんかない。パパーッと強くなる方法なんてないんだからサッ☆」

「……それもそうですね」



 そんな方法があったら苦労はしない。……その結果、いろいろ騙されたりしたけど。

 ないから、地道に頑張るしかないのだ。それが1番の近道になる。最近、学んだことだけど。



「じゃーがんばれ、少女たち〜」

「モチャさんはどこ行くの?」

「もちろん下層。そろそろ、最下層のルートを見つけないといけないからにゃあ。つっても、ホントどこにあるのやら。先人が捜しまくってるのに見つからないし」



 最下層。下層の下にあると言われる、横浜ダンジョンではまだ見つからない、未知の階層だ。他のダンジョンでも、まだ数えるくらいしか見つかっていない。

 美空も他のDTuberで見たことはあるが、あれは人間の足を踏み入れていい領域ではない。

 下層とは格が違いすぎる。あんな所に挑もうだなんて、正気ではない。



「な、なんで最下層に行くんですか……?」

「え? ダンジョンを制覇するとどうなるのか、知らない?」

「制覇……」



 言われてみれば、制覇なんて考えたこともなかった。意識したこともないし、どうなるかなんて聞いたこともない。

 八百音を見ると、肩を竦めた。どうやら知らないらしい。



「ダンジョンを制覇すると、何があるんですか?」

「まあ、アタシも噂しか聞いたことはないんだけどさ。ダンジョンの最奥にいる魔物を倒せば、なんでも願いを叶えられるアイテムがドロップするって噂」

「なんでも……なんでも!?」

「マジで!?」



 思わぬ解答に、2人とも目を見開く。

 ダンジョンの奥にいる魔物。ダンジョンボスと呼ばれるそいつは、他のダンジョンでも確認されている。

 しかし、ボスを倒せた例は、確認されているだけで2つのみ。その後、ダンジョンはゆっくりと自壊し、消滅したらしい。

 そのことばかり先行し、アイテムのことなんて知らなかったが、まさかそんなものがあったとは。

 八百音は半ば興奮気味に、前のめりになる。



「そ、それって、永遠の若さとか、巨万の富とかも!?」

「噂だよ、噂。でも、もし噂が本当なら、その程度余裕で叶えられるんじゃないかねぃ」



 モチャは快活に笑い、下層に向かっていく。

 その後ろを、2人は呆然と見送るしかできなかった。


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