第13話 ヒビ

 配信で映っている道順を頼りに、モンスターハウスへの道を駆ける。

 途中何人かとすれ違ったが、全員顔を真っ青にして逃げるように帰っていく。

 恐らく、モンスターハウスに挑戦しようとして、失敗したのだろう。ほとんどが傷だらけで、鎖を手に持っている。

 一瞬だけ躊躇し足を止めたが、首を振って直ぐに走り出した。


 走ること1時間弱。

 洞窟の先に、見覚えのある空間が見えてきた。あそこが、モンスターハウスだ。

 一気に緊張感が増してきた。

 こんな時は──配信するに限る。


 常に持ち歩いているドローン型のカメラを起動し、空中にディスプレイを展開。配信ボタンを押し、SNSで即告知した。



「はーいどーもー! みみみダンジョンチャンネルへようこそ! DTuberの、美空みそらでーす!」


『みみみ』

『みみみー』

『みみみ!』

『おでれーた』

『ゲリラ配信なんていつぶり?』

『なんか服装が普通』

『おっぱいが隠れてるぞ!』

『うーん……』

『解散』

『おつみみ』

『おつみみ』

『さよなら』


「おいこらゴミ共! 始まって早々解散すんな!」


『ゴミきた』

『【投げ銭:2000円】ゴミ呼びありがとう』

『嘘だよ』

『嘘みみ』

『怒んないで』

『ごめそ』

『ごめんね』

『【投げ銭:1500円】踏んでください』



 さすがに予想外すぎて言葉が悪くなってしまった。

 けどコメントは盛り上がってくれている。どうやらからかわれただけらしい。踏んでくださいも、からかっているだけだろう。そう思うことにする。

 本来なら、もっとコメントとわちゃわちゃしてもいいのだが、今は時間が惜しい。



「みんな落ち着いて。今日はみみみのチャレンジ企画やるんだから。気になる? 気になるよね?」


『チャレンジ企画?』

『ダンジョン全裸徘徊チャレンジ?』

『マジか行くわ』

『鼻で蕎麦でも食べる?』

『【投げ銭:2222円】これから語尾「にゃん」で』


「全然っ違うし! ダンジョン関係ないじゃん! ……にゃん!」


『かわいい』

『かわいい』

『かわわわわわ』

『やってくれるのか』

『相変わらずいい子』



 ダメだ。これでは先に進まない。

 頭を振ってコメント大喜利から気持ちを切り替えると、手を叩いて満面の笑みを見せた。



「今日のチャレンジ企画、発表! なななーーーーんと! モンスターハウスにチャレンジしたいと思いまーーーーす!」


『は?』

『は?』

『は?』

『は?』

『え』

『マジで?』

『鬼さんの言葉忘れたん?』

『え?』

『死ぬぞ』

『さすがに助けに行けないんだが』

『は????』


「うんうん。みんなそう言うと思ったよ。けど安心して。無謀でも無茶でも自殺願望でもないから」



 美空はさっき横浜ダンジョン街で買った防御シールドスイッチの説明をする。コメントは半信半疑で……いや、疑いのコメントの方が多い。

 それもそうだ。あの防御力を見ないと、疑いたくもなる。



「まあまあ落ち着いて。直ぐにこれのすごさを見せてあげるから」



 スイッチを掲げ、ボタンを押下。次の瞬間、半透明の球体が現れ、美空の周囲を覆った。



「じゃあ……モンスターハウスチャレンジ、スタート!」



 レーヴァテイン・レプリカを抜剣し、すぐさま炎を付与エンチャント

 着地と同時に近場の魔物を斬り捨てる。防御は一切考えない。ただ、突進するように前に突き進むだけ……!

 魔物たちは防御シールドに阻まれ、為す術なく美空に斬られる。

 防御シールドの性能に、コメントは盛り上がっていた。



『すげえええええ!!』

『マジで寄せ付けないじゃん!』

『これがあったら魔物なんて問題ないな』

『目の前の敵を倒せばいいだけだもんな』

『防御を意識せず攻撃に専念できる!』

『こんなものがあるとか、今の技術すごすぎ』



 前までは余裕がなかったけど、今はコメントを見る余裕すらある。

 盛り上がるとは思っていたけど、まさかこんなに盛り上がるなんて思ってもいなかった。

 平日昼間のゲリラ配信なのに、視聴数は2万オーバー。今なお増え続けている。


 確信した。今自分は、人気DTuberたちと同じレベルにいる。


 無意識のうちに口角が上がり、無我夢中で目の前の敵を屠る。斬って斬って、燃やして燃やして……直後、魔物たちの様子が変化した。



「狂化……もうそんな時間か」



 さすがに10分で2000体なんて、不可能な数だ。1秒で3.3体……しかも休まずに倒すなんて、無理すぎる。

 狂化した魔物は、理性を捨てた咆哮を上げてがむしゃらに突っ込んでくる。

 無造作に武器で、爪で、牙で、腕力で攻撃してくるも、防御シールドが尽く防いでいた。



「ふっふー。もうウチには、お前たちの攻撃は通じないよ。どれだけ狂化して、耐久力が上がろうと……」



 近くにいるゴブリンに斬りかかるが、やはり一撃では倒せない。

 剣を切り返し、すぐさま二撃目を叩き込むと、ゴブリンは灰となって消えた。



「今のウチには、問題ない……!」



 狂化した魔物の大群に突っ込み、炎剣を振るう。

 ゴブリンやスライムなどの小さい魔物は二撃。オークやヴィンセント・ブルなどの大きい魔物は三から四撃。

 もちろん剣を振るう回数が増えるだけ、体力も削られる。

 だが、今の美空には横浜ダンジョン街で仕入れた、10個の回復薬がある。ピンチになっても、これさえあれば問題ない。



『みみみ、かっけえ』

『すごいな、本当に』

『けど……』

『気のせいか?』

『魔物が減ってる気がしないぞ』

『鬼さん、狂化したら無限湧きはしないって言ってたけど』

『無限湧きはしなくても、数千体もいるんだよな』

『これ終わるの?』


「だーいじょうぶだって。続けてれば、いつかは──」



 ──ミシッ。


 今で聞いた事のない音が、防御シールドから聞こえた。

 見ると、目の前のシールドに僅かなヒビが入っている。そこだけじゃない。横にも、後ろにもヒビが入っているのが見えた。



「え……?」



 小さい……本当に小さい、ヒビ。

 気にしなくてもいいとは言え、ヒビはヒビだ。今の自分を護ってくれている、唯一のもの。

 まだ、魔物の攻撃を防いでくれているとは言え、このままじゃ……。


 良くない考えが脳裏を過ぎり、背筋が凍った。

 自分でもわかるくらい顔色が悪い。嫌な汗が背中を伝う。



『みみみ?』

『みみみ、どうしたの?』

『大丈夫?』

『やっぱりトラウマだったか』

『頑張れみみみー!』



 リスナーも美空の変化には気付いたみたいだが、防御シールドのヒビには気付いていないようだ。

 ここで美空が取り乱したは、事故配信になってしまう。それだけは、絶対に避けないと。



「だ、大丈夫。ちょっと休憩しただけだから。さあ、続けるよ……!」



 空元気。作った笑顔。そんなの、自分が1番わかっている。

 でも、今はそれしかできない。作った自分で、なんとかこの場を切り抜けてみせる。



   ◆???◆



「キヒッ、キヒヒヒッ……! あの女、まーた騙されやがって」

「絶対無敵の防御なんてあるわけないのになぁ」

「バカ女すぎて楽勝だぜ。あの時の恨み……ぜってー晴らしてやる……!」



 洞窟の陰に隠れる、2つの大小の男。

 手にはカメラが握られていて、アングラ系配信サイトに繋がっている。

 コメント欄も、殺せや死ねなど、美空の死体を観たい野蛮な言葉で溢れていた。



「さあ、早く死ね……早く死ねェ……!!」


 ────────────────────


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