040 冒険者組合から滅びの草原の調査を依頼された
午後はマリアさんの案内で街巡り。ついでに冒険者組合に寄った。
いつもの受付嬢が目を逸らした。でも行くよ。
「こんにちは」
隣の受付嬢はさりげなく席を立った。
「他の窓口へどうぞ」
「隣はいなくなったし、他の窓口はお客さんがいるよ」
「何のご用ですか。用がなければお帰り下さい」
「仕事がないかと」
「掲示板を見てください」
「何処?」
「向こうです」
掲示板に行きかけると呼び止められた。
「いい仕事があります。滅びの草原の調査です。少し前、滅びの草原の奥から謎の大音響が轟いて来たと、東西街道を行き交う商人や冒険者から通報がありました。現地調査をお願いします」
何だか覚えがあるような気がしないでもない。
「期間は一週間、費用は前金で支払います。通常調査の3倍。しかも危険手当を上乗せします」
「中々の好条件みたいですね。引き受け手はいないの?」
「皆さん予定が合わないみたいで」
職員さんも冒険者さんも目を逸らした。怪しいな。
「じゃ引き受けます」
逃げた受付嬢が皮袋を持って戻ってきた。我が担当の受付嬢が睨んで皮袋をひったくった。
「報酬です。確認してください」
金貨が7枚入っているよ。黙っていたマリアさんが一言。
「滅びの草原、または死の草原の調査にしては安いのでは」
隣の受付嬢、奥へ走って行って皮袋を持ってくる。差し出すので確認するとまた7枚入っていた。倍になった。
マリアさんがうなずいているから金額はOKなんだろう。しかしいいのか受付嬢、倍にして。職員も居合わせた冒険者も揃って何も言わないからいいのか。そんなに押し付けたいのか。
「明日から調査に出かけます。一週間ほどで戻ってくるつもりですが、遅れても捜索の必要はありません」
「わかりました。みんな聞いたわね。捜索はしません」
事務所内にホッとした空気が流れる。滅びの草原に関わりたくないんだね。
従魔待機所に行くと登録官殿が従魔を数えてほっとしている。
「今日は。この間はお世話になりました」
登録官殿はウッとうめいて奥に避難した。
マリアさんに金貨一枚の価値はどのくらいか聞いた。
「一般家庭の夫婦、子供の一ヶ月くらいの生活費です」
「そうすると一日で二ヶ月分の生活費か。ずいぶん高額だね」
「あの草原は滅びの草原と呼ばれ、言い伝えによると魔の森との緩衝地帯になっています。獣も魔物も異様に強いです。街道から良く見える数キロ先までしか冒険者さえ踏み入れません。奥に行くに従って獣も魔物も更に強くなると言われています。魔の森の近くは魔の森の魔物が出てくると伝わっていて、死の草原と呼ばれています。今回の調査は草原の奥から聞こえた大音響の調査ですので、奥の死の草原になります。つまり誰も立ち入ったことのない、立ち入れない場所になります」
「調査したくても出来なかったのか」
「そうですね。調査しないと人々の不安が増し、冒険者組合の信用に傷がつきますし、調査に行くとなると死地に行くわけですから希望者は無し、冒険者組合は困っていたのではないでしょうか」
「そこへのこのこと僕らがやってきたわけか。皮袋を追加しても安いものだったのか」
「原因が原因ですのであれ以上の費用は気持ち的に請求しづらいですね」
「確かにね。今日はエチゼンヤに戻って明日から出かけよう」
エチゼンヤに戻ると爺さんとバントーさんは若い人を連れて出張中だった。若い人のトレーニングかな。裏の仕事の。というわけで今日はエリザベスさんが仕切っている。夕食まで時間があったからお茶に誘われてしまった。
「マリアもお座りなさい。もう仕事はしなくていいんだから」
「慣れなくて」
「今度はシン様の隣でお助けするのよ。いいからシン様の隣に座りなさい」
アカが鼻先でそっと押す。
「では失礼して」
アカとエスポーサは僕の後ろ左右に控えている。エスポーサがマリアさんの席の後ろに移動した。ブランコとドラちゃんはどうしたかって。中庭で追いかけっこしているよ。
「それで今日はどちらに?」
「何か仕事がないか冒険者組合に行っていました」
「仕事なんかしなくてウチにいてくれればいいのに」
「人間働かなくてはダメになりますから」
「人ではないのに」
小声だ。聞こえなかったことにしよう。
「冒険者組合で親切に仕事を紹介してくれました」
「しばらく行ってないけどあそこはそんなに親切だったかしら」
「組合の都合で仕事を押し付けられたのです」
それはそうだがマリアさん、ストレートだね。
「どんなお仕事かしら。聞いてはいけないお仕事?」
「いや、ただの調査です。草原の」
「昔旦那と行ったわ。一時間ほど奥に向かって歩いたけど獣や魔物が次々と襲って来て逃げ戻って来たわ」
「冒険者だったんですか?」
「訓練よ。エチゼンヤの。ハードよね。調査は奥まで?」
「奥の方と言われています」
「押し付けられたのね。組合は誰か調査に行ったという実績があればいいのよ。帰って来なくても」
「なるほど、そういう物ですか」
「だから調査なんてどうでもいいのよ。魔物の角でも持って帰ればそれで十分。報告書は受付とでっち上げればそれでお終い」
「そうですか。一応明日から一週間ぐらい見に行ってきます」
「行ってらっしゃい。御愁傷様なのは獣や魔物よね」
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