目覚めた世界で生きてゆく 僕と愛犬と仲間たちと共に

SUGISHITA Shinya

第一部

001 目覚め

 冷たい。

 頬が冷たい。

 目が醒める。


 一面真っ白い。細かい白い粒子が体に纏わりつく。濃い霧の様だ。

 時々水滴が落ちてくる。さっき頬が冷たかったのはこの水滴か。

 霧以外何も見えない。少し明るい。


 起き上がり、立ち上がり手をそっと前に伸ばしゆっくり動かす。その場でぐるっと一回りしたが何も手に触れない。伸ばした手先も見えないくらいの霧の濃さだ。


 やや明るくなったろうか。朝かもしれないが霧は濃い。霧が薄くなるまで動かずに座って待っていることにする。


 ここはどこだろうか。地面は触ってみたところ落ち葉で覆われている。一枚拾って顔の前まで持ってくるが霧で薄らとしか見えない。よく見えないが多分落ち葉だろう。


 また少し明るくなった。霧も明るさが増すにつれ薄れてきた様だ。もう少し待とう。少なくとも100メートルくらい先まで見えるまで待つことにした。


 だいぶ霧が薄くなって来た。


 霧に隠されていた木々が見えて来た。乳白色の中に灰色の木々。水墨画の様だ。木まで100メートル位はある。一回り見渡す。どうやら自分は半径100メートル位の木が生えていない空間の中心にいるらしい。まるっきりの空き地ではない。自分の少し先から木々まで人の背丈ほどの高さの里芋の葉っぱが密集している。里芋に囲まれた空き地にいる様だ。


 里芋の葉っぱは長いところで1メートルくらいある。これは里芋か。大きすぎる。こんな大きな里芋は見たこともないが葉っぱは里芋だ。アマゾンの未開の奥地かも知れない。時々葉を揺らして風が吹く。葉っぱが揺れて葉っぱの先端から水滴が落ちる。さっき顔に当たった水滴はこれか木から落ちてくる水滴だろう。


 里芋なら葉の中心に水が溜まっているだろう。飲めるだろうか。人間水が無くては生きていけない。川の水より露の方がマシだろうと葉を傾けて飲んでみることにする。コロコロと水が葉の上を転がってくる。やっぱり里芋だ。葉の先から落ちる水を口で受けて飲む。美味しい水だ。葉っぱを取り替えながら腹いっぱいになるまで飲んだ。顔と手を洗う。人心地がついた。


 霧が薄れてきた。


 里芋畑の周りは木ではあるけど巨樹だなこれ。太い。上を見上げると途中から霧の中。梢は見えない。霧がどんどん薄れてゆく。梢が見えた。木の高さは優に200メートルはあるのではないか。巨木すぎる。


 訂正する。ここはアマゾンでも地球でさえないのかもしれない。梢の上に空が見える。空は青い。ほっとした。


 霧が晴れてしまうと上から見られる場所は危ないだろう。地球でないならドラゴンが飛んでいるかもしれない。ほんとかなあと自信はないが、なるべく里芋の茎を揺らさないようにそっと木の方へ進む。しばらく進むと茎の間から木が見えてきた。里芋の葉陰から木の影に移る間が危ない。里芋の葉をそっと動かし隙間から空を見上げる。慎重に葉を動かし見える限りの空を確認する。何も飛んでいない。急いで木を回り込み、ほっとして木に寄りかかる。木の幹は灰色でザラザラしている。樫の木のような幹だ。


 これからどうするか。朝霧が毎日この一帯を巻くのなら水は里芋の上の朝露で大丈夫かも知れない。でも霧が出ない事もあるだろうから、川を見つける必要がある。泉があればなお良い。


 ああそれよりもここは何処だろう。


 気づかないフリをしていたが、手足が小さい。これでは小学生低学年だろう。せいぜい10歳位か。自分は35歳と思っていた。名前も35年分の記憶も無い。里芋、メートル、アマゾンなどは浮かんでくる。しかし自分に関する記憶は35歳という事以外は何も無い。今考えてもしょうがない。取り敢えず水、食料、安全の確保の目処は立てないとまずい。


 里芋畑は意外と安全かも知れない。気がつくまで生き延びられたという事は襲うものが居なかったのかも知れない。安全な場所が見つからなかったら戻ってこよう。木が少なくとも200メートルもあるのだ。鳥も大きいに違いない。うっかり寝坊して空を飛ぶドラゴンや怪鳥などに見つかるとまずいから葉っぱの下で眠ればいいかも知れない。


 迷子にならない様に石で木に印を付けながら進んでみる事にする。


 落ちている石で木に印をつけようとしたが木は硬く傷が付かなかった。やむを得ず根本の土で印を付けることにした。巨樹の森は鬱蒼と繁り見通しが効かない。時々日の光が落ちてくる。


 進行方向の木全てに印を付けながら進むのは小さい体にとって重労働だ。だがやらなければ比較的安全と思われる里芋畑に戻れない。苦労して木10本ばかり進んだ。


 途中棒が落ちていたので拾って棒で下草をかき分けながら進む。視界に何の変化もない。耳を澄ましても水音も聞こえない。後ろを見ると木の幹に擦り付けた泥は乾き始めていて目立たなくなりつつあった。慌ててもう一度木の幹に泥を付けながら戻る。


 無事に里芋畑に帰り着いた途端にお腹が鳴る。腹が空いた。


 里芋は食えるかも知れないと拾って来た棒で掘ってみる。土はやわらかかった。程なくして里芋が顔を出した。でかい。小さいスイカ程もある。周りの土を掻き分けやっと掘り出した。泥を払い棒の頭で皮をつついて剥いた。今唯一の口に出来そうなものである。毒はどうかと頭によぎるが空腹には勝てない。かぶりついて見る。里芋だ。そして意外と美味しい。夢中で食べる。お腹が一杯になる。三分の一ほど食べた。何か来るといけないので残りは剥いた皮と一緒に掘った穴に入れ土を被せる。


 日が翳って来た様だ。最初目覚めた所まで行き、落ち葉を里芋の根元まで掻いてくる。寝床だ。上から丸見えの所には寝られない。広場が見えない所まで里芋畑の中を落ち葉を移動させた。少し暗くなって来た。横になると直ぐに眠くなり瞼が落ちる。

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