第31話 「みんな」と書いて「日常」と読む
音無さん、金剛さん、優に僕。みんなの意思が一つとなり、目標も固まった。時間が空いた時にはみんなで練習をするくらいには仲が深まったとも思う。
練習に、バイトに、勉強に、練習。たまに、遊んだりもした。
そんな日々を送り、夏休み前の7月中旬になっていた。そして現在、夏休み前最後の壁、期末テストに挑んでいた。
榊ヶ原高校では、赤点をとった生徒を対象とした補習の授業がある。そして、その期間がちょうど才栄学園の試験期間とかぶっている。
と言うことは……うん、そうだね。赤点をとったら、音無さんに――――されるかもしれないということだ。―――――されるかもしれないのだ。大事なことだから2回行ったよ。
そのため、今は目の前の問題を全力で解いて解いて解きまくるのだ!!
◇◇◇
そして、運命の日。
ついに試験の結果が返される。
この数週間は試験のためにと高校入試ぶりくらいに血が滲むほどの努力を繰り返してきた。
大丈夫だ、佐藤連。今日までの頑張りを思い出せ。僕ならできるはずだと信じろ!!
「はい、次。佐藤連。」
震える手を握り締め、席を立つ。教卓へ向け、一歩また一歩と近づいていく。そのたびに心臓の鼓動は早くなり、震える手は汗ばんでいた。
先生から成績表を受け取り、さらに高なる鼓動に釣られ、足早に席へと戻る。
ふぅーふぅー。
息を整えて覚悟を決める。
一呼吸置いた後、一気に成績表を開く。
…………
…………
…………
…………赤点じゃない。
良かった!! 赤点じゃない!!
嬉しさのあまり、身体が一瞬ピクッとして目立ってしまったか、そんなことはどうでもいい。
もしかしたら、家に帰った後、恥ずかしすぎて部屋中を転げ回ってしまうかもしれないが、今はどうでもいい。
これなら音無さんにもいい報告ができそうだし、安心して今日は眠れるな。
「イェーイ!! 俺今回のテスト30位だったぜ。」
「ウソ、マジかよ!! 翼って運動もできんのに勉強もできんのかよ!! ヤバすぎだろ!!」
「前回は惜しいところまで行けたし、今回の試験はチームだし、楽勝で行けちゃうんじゃない。」
「そうだね。しかも受かったら4人全員で行けるし、翼君もいるから安心だね。」
「じゃ~もう祝勝会やっちゃうか!! 俺たちが才栄学園に行けることを祝ってさ。」
「お~いいじゃん!! 今日なら俺ん家空いてるし、ピザとか頼んでパッーとやろうぜ!!」
「いいねいいね!! 今日はパーティってころで。」
「そうだね。もう前祝いで楽しんじゃおうか!」
クラスの中心からは翼君を中心としたいつものメンバーが集まり、騒がしく話している。
やはり今度の試験にも彼らは出るのだろう。いや、彼らだけでなく、このクラスだけでも半分近くは才栄学園の試験を受けるということらしいから珍しいというものではないのだと思う。この情報自体は音無さんから聞いたものではあるが、実際僕も盗み聞きをしていて同じくらいの人数が言っていたから確かなのだろう。
…………とりあえず今度の試験は知り合いがいることで好転するものであることを願いたい。
◇◇◇
ふ、ふふ〜ん。
今日の私はすこぶる機嫌がいい。
なぜかと言えば、期末試験の成績が返ってきたためである。もっと厳密に言えば良い成績で返ってきたのだ。
私の学校は才栄学園落ちが多いことで有名な学校であり、超超超超優秀な生徒みたいなのはいない。
しかし、世間一般から見て優秀と思われるような生徒が数多く在籍している進学高ではあるのだ。
だからこそ、400人近くいる生徒の中で23位という順位を取れたことが嬉しい。
……やばい、めっちゃ自慢したい。
あまり自分から自慢すると言うのはカッコ悪くてしないのだが、話題的に学校ではよくそれで褒められたのだが………悪くなかった。
でも、自分から言うなんて真似はできないしな〜。
無駄なことだとは分かっていながらも、思考を止めることはできない。
「あ、それじゃ、優も大丈夫だったんですね。」
前の方から馴染みのある声が聞こえる。
あ! そうか。優たちの結果を聞くついでを装ってすることにしよう。
時間が経てば、何て馬鹿な考えなのだと思うのだろうが、今はこれを真剣に考えているのだからすごいものだ。
そうと決まったら、さっそく......
「連も赤点回避できたんでしょ。順位はどうだったの?」
優たちの元へ進もうとした足を90度曲げて、電柱に身を隠す。
何で今その話をすんのよ! 絶対、ここで入って行ったら、順位自慢したい奴だって思われちゃうじゃん。
「そうですね。今回は結構頑張っていたので良かったですよ。」
「そうなの!? なら、せ〜ので言ってみない?」
「あっ...良いですよ。」
「じゃ、「せ〜の」」
「1位「9位」」
いや、何で私より高いの!!
……とりあえず、100歩譲って連が勉強できると仮定しよう。だとしても、優はおかしいでしょ。体育の実技でも学年でトップクラスなのに、何で勉強もできるのよ!!
いやダメだ!! 100歩譲ったところで連もおかしすぎる!! 1位なんてそう簡単に取れるものじゃないし、取っていたらもっと話題に上がっててもおかしくないでしょ。
…と言うか、もしそれなら、才栄学園に行ってても、おかしくないんじゃない。.......
いや、それよりも! これじゃ自慢なんてできないじゃない。
「すごいじゃん。連君ってそんな勉強できたんだ。」
「今回は赤点取ったら大変なことになってましたからね...死に物狂いで勉強しましたよ。」
「それでもすごいよ。1位なんて簡単に取れることじゃないよ。」
「…ありがとうございます。それを言うなら優だってスポーツの成績だっていつも10番目までには入っているのに、勉強でも10位以内なんて他の誰にも真似できませんよ。」
「……うん、あんがと。」
「……と言うか、杏ちゃんはそこで何やっているの?」
とっさの言葉で反射的に顔を出してしまう。
「あっ。」
やばっ!! こうなったら...
「……あ〜、奇遇ね。こんなところで何してるの?」
「……こんなところでも何も、ここは通学路だよ、杏ちゃん。」
そんなこと私も知ってるよ。言い終わった直後から、気づいてたし。
「まぁ、そんなことはどうでも良いじゃん。あんた達、赤点取らなかったんでしょ。それは良かった。」
うん、やめよう。自分から自慢しようとするからバチが当たってしまったのかもしれないしね。
「ありがとうございます。……それで、音無さんの方はどうでした?」
「うん?……あぁ、まぁ。赤点は回避できたけど...」
「じゃぁさ。順位はどうだった?」
マジでそれ今聞くか、優。さっきまでだったら気分良く話してたけど、あんたらの順位聞いて意気揚々と話せるわけないでしょ!!
…でも、これも自分から自慢しようとした報いかな。いつもだったら、負けを認めるようなことはしないけど、今回は罰だと思って潔く認めよう。
「…私は23位。そこそこ頑張っていたからね。こんなもんじゃない。一応、英語なら3位だったし。」」
うん。私にしてはしっかり言えたかな。
普段なら言うにしてももっとトゲトゲしかったり、苦虫を噛み潰したようだったりするから、言ってて自分でも気づくのだ。
それでも、今日のは無かった。自分でも負けず嫌いで嫌な性格をしている自覚はある。だからこそ、この細かな成長を感じてものすごく嬉しくなってしまう。
これも、あいつの......
「それはすごいですね。」
うん?
「うちの学校って県内でも進学校じやないですか。」
「その中でそれだけの成績を取るのは並大抵の努力じゃできないですよ。」
「うん、そうだね。」
「特に、今回の英語だっ英語でたら文章を書いて答えるような問題も多かったし。」
「普段からしっかり勉強して、自分の力として身に付けてない人には点が取れないからね。それで3位なんてすごいよ。」
……うん。やっぱり無理だわ。さっきまでだったら絶対褒められてるんだろうなって思たけど、今はもう無理だ。煽られているようにしか感じない。
しかも、さっき英語の話ししてたけど、3位で褒められても嬉しくないわ!! あんたら1位と2位でしょ!! さっきの会話で聞こえてたから!!
……まぁ、いいや。
「ねぇ、あんたら…」
今日は成長できた日だし。
「今日はこれから練習でしょ、早く行くよ。」
だから…
「あんたら23位を誉めてくれたみたいだし、今日は23km走ってもらうから。」
少しくらいストレス発散しても良いか。
「…え? え!? 何でですか!? というか、どういうことですか!?」
「そ、そうだよ! 今日って簡単なランニングって言ってなかったけ?」
「だから、簡単なランニングでしょ。優なんか運動得意なんだし、楽勝だよ。」
「いやいや、そう言う問題じゃないよ!! ハーフマラソンと同じくらいなんて、簡単なランニングなんかじゃないよ!!」
「そうです。いきなりそんなこと言われても無理ですよ。」
「そうか…」
「じゃ、1週間後で良いから、23kgの重りを持ちながら230km走る? それでも良いけど。」
「「えっ。」」
「で、どうするの?」
「「え......」」
「で、どうするの?」
「「……やります。」」
〜〜〜
「はぁはぁ、意外と走れるものですね。」
「ふぅ〜〜、そうだね。身体も温まってきたし、良い感じだね!」
結局、2時間もしないうちに余裕そうな顔で戻ってきてた2人を見て、またイライラしてしまう。
◇◇◇
人間とは案外やってみたらできるものだなと改めて思い知らされる。最初の何km化はやはりつらかったが、次第に体が動くようになって最後は気持ちよく走れるようになった。
うん。やっぱり趣味でランニングをやるのはいいかもしれないな。
「はあ〜〜〜。まぁいいや。今日はもうやめよやめ。」
大きなため息とともに、どこか不満げに言う彼女の姿を見て安心した。これ以上何か増やされるものなら、もう無理だっただろう。
「……あ、そうだ。」
「 …あと、今度みんなに話したいことがあるから、ちょっと集まってもらうかも。よろしくね。」
そう言う彼女は少しばつが悪そうでどこか不安げな様子だった。
こうして僕の人生史上最も波乱万丈な夏休みが始まるのであった。
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