31.令嬢の社交

「さて、ジェフリー殿下。恐れながら、これにて決着でございます。」


 ブルーノ卿の静謐ながらよく通るお声は、騒然とした会場を一瞬で静めてみせました。


「キャスリン嬢に対して主張した罪状に一切の根拠は認められず、かつ提示された多くの証拠に偽証の疑いあり。

この結論は国王陛下に報告され、不遜にも王族の傀儡化を目論んだ首謀者はもちろん、侯爵令嬢を不当に貶めた件についても、関係者たちはその沙汰を待つ身となる。

関与が認められた場合、殿下も例外ではあり得ないというのが、陛下のご意思でございます。」


 そう無情に告げられた殿下は、茫然としたご様子で呟きます。


「全てが……嘘だった……?まさか、そんな…………だってフランだけじゃない、優秀な者たちが、私の側近たちが、コンチュが、皆正しいとそう言って……。」


 そんな殿下の近くに、わたくしは歩み寄りました。


「……殿下。殿下は昔から、分かりやすく優秀な方を男女問わず好んで側に置かれましたね。しかしそういった優秀さは、ときに『演出』できるものなのです。

また、真に秀でた者であっても、間違うことはあり得るのだと理解していただかなければなりません。

明確な答えのないまつりごとの世界に身を投じるおつもりならば、なおのこと。理想を追い求めるのは結構ですが、同じように現実も見て下さいませ。」

「貴様、誰に向かって申しているのだ……!」

「不敬でしょうか?けれどあなた様にはいい加減に目を覚ましていただかなければなりませんので、少々荒療治も必要かと。」

「なっ……!」

「乏しい根拠で人を糾弾するということがどういうことか。あなた様の立場でそれをなされば、どのような影響を及ぼすか。ご自身の持つ力を、どうか理解していただけませんか。」


 これはわたくしが何年もの間、殿下にお伝えしたかった思いでもあります。


 すると殿下は力無くも、「お前のような……お前のような軽薄な能無しに何が分かる……。」と毒づいてこられたのでした。


「まだ認められないのですか……。」と呆れたように呟くブルーノ卿。


 わたくしも、再び口を開きます。


「……貴方様はそう仰いますが。今回の件、わたくしもずいぶんと頑張りましたのよ?

体を張ってフラン様を見張ったのはもちろんのこと、持ちうる限りの人脈を使って日頃から情報を集め、あなた方の動向に気を配ってきたのですから。」

「ふん、お前の人脈だと?どうせ家名を笠に着て下位の者を従わせただけだろう。それを努力などと、なんと傲慢な女だ。」


 この期に及んでそのように吐き捨てる殿下に、さすがに眉根を寄せてしまいましたが、ブルーノ卿の気遣わしげな視線に励まされ、何とか感情を抑えることができました。


「……ご理解いただけないだろうとは思っておりましたわ。

わたくしの人脈のほとんどは、殿下が『薄っぺらな女共』と軽視しておいでの、わたくしの『大切なお友達』ですもの。

でも殿下?女性が持つ情報網というものは決して侮れませんのよ。

今回だって、懇意にさせていただいているご令嬢から頻繁にお話を聞くのはもちろんのこと、わたくしのファッションを熱心に好んでくださるファンの方に積極的に噂を集めていただくこともありました。

皆さまそれはそれはよくしてくださいましたわ。

ああ、そうそう、フラン様の妨害を退け、学園長先生をここに迅速にお連れくださったのもわたくしの『お友達』ですの。」


 そのように申し上げると、殿下はまるで何を言っているのか分からないという風に、ぽかんとお口を開けられました。


「つまり今回わたくしがあなた方の情報を掌握できたのは、貴方様がいつも軽く見ていらっしゃった『ドレスや装飾品やお菓子の話』を駆使して培った、人脈という力によるもの。

わたくしなりにファッションや流行を極めることでご令嬢方の関心を集め、女性同士の会話を通して得た成果ということですわ。」


 なおも理解が追い付かない様子の殿下に、思わずため息がこぼれます。


「……本当はここまで噛み砕いて話すつもりはなかったのですけれど、これも王国の未来のため。無粋を承知でご説明いたしますわね。」

「……?」

「そもそもいくら淑女の嗜みだと言っても、本当に終始そればかり話しているわけがないでしょう?

趣味嗜好の話題はときに話の糸口であり、導入であり、場をあたためてより多くの話を聞き出すためのスパイスにもなり得ますの。

……ああ、もうひとつ。口さがない紳士の皆さまに『でしゃばりな女』だと睨まれないための隠れみのでもありますわね。

そのようなわけで、多くの殿方はお気づきになりませんが……淑女のお茶会というものは例え軽薄に見えようと、その裏で結構な情報が飛び交っているのですわ。」

「……。」


 伝わっているかどうかはともかく、ようやくわたくしの話を「聞く」という行為をしてくださっているご様子の殿下。

 その呆けたお顔に、ピチチチ、と遠くから聞こえる能天気な小鳥の囀りが妙にマッチして、わたくしはより滑稽に感じてしまいました。


「ですから、お茶会をはじめとする交流の積み重ねによって築き上げた女性間の絆は、紛れもなく『力』なのですわ。

それを押さえることは強みとなり、逆に軽んずれば今のあなた様のように足元を掬われることになるのです。」


 そしてその絆は、ときに派閥や利害関係を越えるもの。

 家門の信念や立ち位置から我がアクミナータ侯爵家を快く思っていらっしゃらなくとも、わたくしとならば個人的に交流してくださるご令嬢は少なくありません。


「故に先ほどから申しているのです。表面だけを見て物事を判断なさる癖は改めてくださいませ、と。」

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