30.彼女の矜持

 怒涛の展開に戸惑いざわつく会場内と殿下たちを横目に、ブルーノ卿はわたくしにその先を語るよう促しました。

 わたくしは彼に向かってひとつ頷くと、できる限りの冷静な声色で切り出します。


 今回の騒ぎは、伝統を重んじる古参貴族と、経済の発展に積極的な、いわゆる革新派貴族との対立が背景にあるものの、直接的には身の丈に合わない野心を抱いたフラン・ショーンという伯爵令息が元凶であるということ。


 わたくしがそれを知っているのは、彼が協力者に対して得意気に計画を語るところや、その野望を独白する場面を偶然にも見てしまったためだということ。


 具体的には、フラン様が自らの野望を叶えるため側近候補の立場を利用し、他の候補者たちと共謀して幼い頃からジェフリー第一王子殿下の思考を誘導していった。

 殿下に先入観を植え付け、都合の悪いキャスリンを排除するよう仕向けたり、また操りやすいコンチュを唆して王子好みの令嬢を演じさせ、古参と革新派の対立を利用して婚約者のすげ替えを目論んだ。


 それら全ては、王位継承権第一位である殿下を傀儡にすることで、将来的に国の全権を事実上手にする目的だった、ということ。


 そして、以上の企みは、露見するのを避けるためにフラン様当人は直接的に関与せず、常に他人を唆す方法で行われたというものであった、と、おおよそでそういった内容をお話いたしました。



 もはや反逆と呼べるほどの企みが暴露された衝撃に、息を飲む聴衆、愕然とする殿下。


「う、嘘だ嘘だ嘘だ!そも、侯爵令嬢ともあろう者が泥臭い密偵の真似事などと、吐くならもっとマシな嘘を吐け!貴様、プライドというものがないのか!!」


 錯乱したかのように吐き捨てるフラン様に、わたくしは毅然とした態度で答えました。


「泥臭くて結構。文字どおり泥まみれになったって、構いやしませんわ。

この王国に生を受け、その恩恵に与るアクミナータ侯爵家の娘として、わたくしには果たすべき役割があり、守るべきものがあるのです。

そのためならば、何にだって形振なりふり構わずかじりついてみせますし、そこに恥じることなど一つもございません!

それこそがわたくしの持つプライドですもの!」


 生まれ変わっただの何だのと言ったって、今のわたくしはもう植物ではなく、バナナとはなんの関係もないただ一人の人間に違いないのでしょう。


 けれど、それでもその芯を貫くのは、キャベンディッシュ種のバナナとして生きた記憶を持つ、他の誰でもないわたくしの、わたくし自身の矜持なのです。


「フラン様。貴方、わたくしを見くびりすぎていたのですわ。」

「……何?」

「確かあの時、こけおどしだろうが何だろうが、チェックメイトまで持ち込んでしまえばご自分の勝ちだと仰っておりましたね。

それが今やこのザマです。

……さて、相手を侮ってチェックを焦った挙げ句、わたくしごときに返り討ちに遭わされた気分はいかがでございましょう?」

「……!ぐっ……このっ……女狐……、ドブネズミがぁ……!」


 フラン様の、神経質に切り揃えられた前髪がざわりと揺れました。


 そうして激情のままに、わたくしに殴りかかろうとしてきます。


「ぐわっ……!がっ……!?」


 そんな彼の腕を、すかさずブルーノ卿が捻り上げ、わたくしをその背に庇ってくださったのでした。


「フラン・ショーン、君は確かに有能だ。しかし実に残念なことに、些か性根が小物すぎる。小悪党は小悪党なりに使いようはあるものだが、王族の側に置けるような器では到底無いと言わざるを得ないな。」


 彼……フラン様はかなりの興奮状態にあるようで、鬼気迫る形相で咆哮なさいました。


「なぜだあ!なぜそんな女!貴族の価値も分からず貶めるだけのネズミにそこまで入れ込んで!庇い立てをして!僕の邪魔をするんだああ!!……あぐっ!」


 蛙の潰れたような悲鳴が上がったのは、ふう、と儚げにため息を吐いたブルーノ卿が、捻り上げる手の力を傍目にも分かるほど強めたからでございます。


「やれやれ、伯爵子息が侯爵令嬢たる彼女をネズミ呼ばわりとはな。

ものの価値が分からないのは貴様だ、フラン・ショーン。……蛆虫風情が、身の程を知るがいい。」


 そして、またあの凍てついた瞳でフラン様を見据えました。


「未だ学生の身といえど、此度の企ては重罪だ。加担した騎士連中ともども連れて行け。」


 悔しそうに顔を歪め、なおも吠え続けるフラン様。

 そんな彼を、ブルーノ卿に付き従っていた王宮騎士団が拘束して引き立てていきます。

 取り押さえられていた学園の騎士たちも、同様に連行されていきました。

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