26.証明

「王命で調査を行おうというのに、事前に何も手配していない筈がないでしょう。」


 ブルーノ卿は悠然と微笑みます。


「彼らは、キャスリン嬢が収集し、侯爵邸にて保管されていた証拠を全て持参しております。

キャスリン嬢。貴女は、貴女が決死の覚悟で集めた潔白の証を、今ここで披露することができるのですよ。」

「あ……。」


 ブルーノ卿の穏やかな声音。

 お兄様とお姉様の慈愛に満ちた表情。


 わたくしは、ここでようやく理解しました。


(この二年間、ずっと自分ひとりで戦っていると思っていた。けれど、決してそんなことはなく……そう思っていたのは、きっとわたくしだけだったのですわ。)


 知らないうちに気に掛けられて助けられている事実はこそばゆくもありましたが、同時にじんわりと胸を温めます。


 そうして自分の成すべきことに改めて向き直ることができたわたくしは、ブルーノ卿に対してひとつ頷くいてみせ、口火を切ったのでした。


「では、僭越ながら発言させていただきます。

……まず、一つお聞きしたいのですが。

わたくしが人を引き連れてコンチュ様を直接害したと仰る二つの件、具体的にはいつのお話ですの?

恐れながら、わたくしは普段からそれなりに忙しくしておりまして。

そのような真似をしている時間はないはずなのですが……。」

「ははっ!何を言い出すかと思えば、往生際の悪い。」


 殿下は勝ち誇ったように、それぞれの日付と時間帯を告げました。


「既に調べはついているのだぞ?その日のお前はさしたる予定もなく自由に動けたはずだ。」

「……左様でございますか。わたくしに興味をお持ちでない割に、動向にだけはやけにお詳しいのですね。」


 自信満々に披露なさるそのご様子に、皮肉の一つも申し上げたくなるのは仕方の無いことだと思います。


「けれど、おかしいですわ。」

「何?」

「確かに当初はそうだったのですが……。実はどちらの日も、急遽予定が変更されておりますの。」

「え?」


「殿下はご存知ないでしょうが、わたくし、近頃は慈善活動に精を出しておりまして。

教会を通して、たびたび孤児院への慰問や貧村への支援を兼ねた視察などに赴いているのですが、あなた様が今仰ったいずれの日時も、その相談のために王都の大神殿に伺っておりますわ。」

「なん……だと……?つまらない嘘を吐くな!」


「嘘ではございません。大神殿の神官様に対応していただいておりますから、当然公式の記録に残るものでございます。お疑いなら、どうぞご確認くださいませ。

……そもそもそれらの活動は本来、もっとずっと前に婚約者である第一王子殿下とご一緒に行う予定だったものです。

あなた様が何だかんだと理由を付けて、いつまでたってもわたくしとの用事を履行してくださらないから。だから、諦めてわたくし一人で進めることにしたのですわ。」


 そこでコホン、とクリスお兄さまが咳払いをなさいました。


「大神殿への照会は、当家の名において既に済ませてございます。……回答書もここに持参いたしました。」


 お兄さまの台詞に合わせて、お姉さまが一通の書状を取り出して掲げます。


 大神殿の印章が押されたその書状に書かれていた内容は、紛れもなく、わたくしのアリバイの証明となるものでした。


 そしてお兄さまとお姉さまはそれを皮切りに、殿下たちが主張する嫌がらせや令嬢たちに流言を命じたとされる日時について追及し、わたくしが用意していた証拠を次々と提示して、わたくしのアリバイを証明していくのでした。


「なぜ、何故だ!なぜ悉く、そうも都合良く……!」


 信じられないと言った表情のフラン様を無視し、まだ何か言おうとする殿下を遮って、わたくしも口を開きます。


「『あの女狐が尻尾を出さないならやむを得ません。証拠が無いなら、容疑ごと作り上げてしまえば良いでしょう。』」

「はっ……?」


 途端に、フラン様の表情が凍りつきました。


「『なに、問題などございません。我々の目を盗んで、どうせ似たような悪事を働いているのですから。……もしジェフリー殿下に知れたとしても、そのようにお答えすればご納得いただけるはずです。』でしたかしら?皆さま、揃いも揃って『それもそうだ』と首肯なさっておいででしたね。」


「なっ……!」

「何故それを!?」


 同じように、側近候補の皆さまにも動揺が走ります。


「もちろん、あなた方がコソコソ相談なさっているのを直接耳にしたからですわ。」

「嘘をつくな女狐!聞かれるような場所で話したことなど……はっ!」


 しまった、というように口をつぐむフラン様。


 しかし時既に遅く、彼の今の発言は自白したものと同義なのでした。


「お認めになるのですね?では……。」

「あ、あのっ!」

「……何でしょうか?コンチュ様。」


「わ、私、ドレスを破かれたりナイフを突き付けられたときはあまりに怖くて、動転していて……。だから、キャスリン様がその場にいらっしゃったものと勘違いしたかもしれませんわ。

でも、そのご友人たちに囲まれて恐ろしい目に遭ったのは本当なんですっ!」


 きょろりとした大きな瞳に涙を一杯に溜め込み、ふるふると震えながらわたくし──ではなく、ブルーノ卿を一心に見つめるコンチュ様。


 しかし、彼の反応はすげないものでした。


「エレファンス侯爵令嬢。それが本当だとしたら正気を疑い、医師を手配するレベルですよ。そもそも、それほどの間違いをするお心の状態ならば、その発言に証拠能力を認めることすら難しい。」


 非情ともいえる切り捨て方ですが、わたくしに直接傷つけられたと主張した以上、それを覆す発言はあまりに無理があるのでしょう。


「対して、キャスリン嬢の提示する証拠は神殿の公式記録。神の名の下に捏造などしようもありません。」


 そうきっぱりと言い切られたコンチュ様は、一瞬苦虫を噛み潰したような表情をなさったあと、お顔を覆って哀れっぽく泣き声をあげられました。

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