23.学業のこと
(……ああそうですわ、せっかくですから。)
わたくしはこの機会に、殿下ご自身の認識を確認してみようと思い立ちます。
「……殿下は幼い頃からそうやって頑なにわたくしのことを否定なさいますけれど、それはどなたか近しい方のご意見なのでしょうか?」
「…………は?」
真正面から投げ掛けてみた質問に、殿下はたじろぎ、またフラン様の肩もピクリと反応したようでした。……ついでに、おまけのようにその他の側近候補の方々も。
「!お……おのれ……!」
直後は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で動きを止めていた殿下でしたが、暗に「貴方が自分の考えだと思っていることは、結局他者からの受け売りにすぎない」と言われたことを察したのか、やがて顔を真っ赤にして
「無能が、誰に向かって申している……!ええい、もうこの話は終わりだ!お前の悪行の数々、確たる証拠をもって徹底的に暴いてやる!」
何かを誤魔化すように高らかに言い放つ殿下を見て、わたくしは理解します。
(ああ、気付きたくない事実から目を逸らしたのですね。わたくしの発言で気を悪くしたということは、薄々分かってはいそうですけれど。)
強引に話題を変えた殿下は、学園で定期的に行われるの学力試験において、わたくしが事前に問題を盗み出したに違いないと声高に訴えました。
「……くどいようですが、根拠は?」
「少し考えればわかることだ!この女ように頭の軽い生徒が学年上位の好成績を修められるはずがないだろう。」
「私は根拠をお尋ねしたのです、それは根拠とはいいません、ただの憶測にございます。」
ブルーノ卿に無表情で斬り捨てられると、殿下は感情を昂らせたようで、「これに関しては証拠もある!」と叫びます。
殿下の指示を受けた側近候補たちが、学園の定期試験の前日に教員室の机を荒らされた形跡があったというとある教師の証言、現場に残っていた金色の髪を証拠として挙げました。
しかし、ブルーノ卿は「そんなものはなんとでもなるでしょう。」と一刀両断します。
「平民ならまだしも、ここは貴族の通う学園。金色の髪を持つ女性は決して少なくありません。それこそあなた方と一緒になって騒ぎ立てていらっしゃった子女の皆さまの中にも。
それに、机が荒らされた形跡を認めたのにも関わらず、試験問題を変更するなどの対策を打つことなく、何故そのまま使用したのです?
学園長には報告なさらなかったのですか?
その教師というのが誰かは存じませんが、対応が杜撰すぎはしないでしょうか。」
彼は追及しながらある方向にチラリと視線をやりました。
その先を目で追うと、以前わたくしがフラン様との密談を目撃した王国史の教師がぎく、と肩を震わせるのが見えたのでした。
「キャスリン嬢、貴女にも確認致します。彼らの主張は事実なのですか?」
「……いいえ。そもそもわたくしは自分の実力で十分な結果を出すことができますから、そのように危険を冒してまで不正を行う必要もございません。」
わたくしの答えに、殿下はさらに憤ります。
「よくもそんな大法螺が吹けるものだ!どのみち俺に及ばないとはいえ、お前ごときの実力でコンチュより上位の成績が取れる訳ないだろう!」
(大法螺……ねえ。まあ、わたくしとて試験の順位表をそのまま自分の実力だと信じてはいませんわ。この学園での試験の結果は、必ずしも実力を映し出す鏡ではありませんもの。)
学園が理念として掲げる「爵位に拘らず広く交流し、公平に学びを得る」というのはあくまで建前にすぎません。
実際は王家が将来の統治のため、若き貴族の子女を品定めするための場。
心得ている生徒は自身の立場や目的に合わせて実力を示し、ときにはそれをひた隠すのです。
(わたくしよりも優秀な方は当然ごまんといらっしゃいますが、皆さま色々と事情がおありですから。)
宮廷への仕官を目指して存分に力を発揮する者もいれば、出る杭は打たれるとみて真の実力を隠す有力貴族の子息もいらっしゃいます。
そして、この大がかりな監視の場で王家に睨まれることを恐れている方々は案外多いのでした。
わたくしは王子の婚約者として必要な成績を残さねばならないため常に全力を尽くしておりましたが、彼らを計算に入れれば真に秀でているとは到底言い難いでしょう。
それが純粋な学問における自身の才能の限界でありますし、だからこそわたくしはもう一つの武器を磨いたのですから。
ゆえに、この学園において表面上の成績に固執する意味はあまり無く。
その前提を踏まえて交流に励むことで、各々の
(そう何度もお諌めしましたのに。せっかく未来の臣下たちと気軽に関わる機会をお膳立てされておきながら、自分の側近候補や一部の成績上位者とばかり行動してらっしゃるなんて、本当に勿体ないことですわ。)
まあ、今ここでその辺りのカラクリを暴露してしまうのは無粋なこと。
各々の事情のため、爪を隠して立ち回っているわたくしの友人たちにも怒られてしまいかねませんので、あえて口にはしませんけれど。
ですからわたくしは、「大法螺もなにも、事実です。この学園の特性を考えれば、上位の成績をとるのはそう難しいことではございませんもの。」とだけ答えたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます