18.転調
そう誓ったのが2年前の話。
そして、 そうして今、この場面──婚約破棄真っ最中のパーティー会場──に至るのです。
* * * *
「ええと……それで、何でしたっけ?」
「だから!お前は稀代の浪費家で、私利私欲のため学園の成績に手心を加える恥知らずの卑怯者、おまけに嫉妬に狂ってコンチュを意地悪くいじめ抜いた性悪女だと、そう申しているのだ!
分かったらさっさと罪を認めて婚約破棄を受け入れ、我が新たな婚約者であるコンチュに謝罪せよ!」
「あらあらまあまあ、心外ですわ。」
わたくしがこのような受け答えをしているのには理由があります。
相手は仮にも王位継承権第一位の王子殿下。
貴族の子女たちや一部の教師しかいない、つまり制止できる者のいないこの場で迂闊に話を進め、下手に言質を取られるわけには参りませんので、いきり立つ殿下たちをのらりくらりとかわすことで時間を稼いでいるのでした。
チラリ、と横目で確認すれば、予想通り殿下の側近候補でありながら目立たぬよう一歩下がって様子を窺う一人の男子生徒の姿。
(フラン様……随分と焦れていらっしゃいますわね。)
表情は何とか平然を装っているようですが、よく見ると軽く組んだ腕の上、右手の指先をトントンと忙しなく動かしているのが分かります。
(わたくしが突然の宣告に怯まず、場を引き伸ばしにかかるのは想定外ということなのでしょうか?
そうですわね、彼はできれば短時間で勝負を決めてしまいたかったことでしょう。)
わたくしから了承と、あわよくば謝罪の言葉を引き出すという形で。
(でも、そう都合良く動いては差し上げません。……ほら、到着されましたわよ。)
わたくしが目をやった先は、数名の先生方を引き連れ、ゆったりとした足取りで会場に足を踏み入れる初老の男性。
「ふむ。これは、どういった状況ですかな?」
彼を視界に入れた途端、殿下達が目に見えて焦り始めました。
「が、学園長!?」
「馬鹿な!なぜこちらに!?」
そう、彼こそがここ王立学園の学園長、つまり最高責任者で有られるのです。
学園長は殿下達の反応に対して興味深そうな表情を浮かべると、髭を蓄えた顎に手を当てました。
「おや。学園長である私が、学園の行事に参加してはおかしいのですか?
……なるほど、なるほど。今日は幾人かの教師の相談事がやけに長引くと思っていましたが、そういうことでしたか。
だとしたら、彼女達には感謝せねばなりませんね。」
そして、わたくしの方を見て穏やかに微笑みます。
(どうやら、「賭け」は成功したようですわね。)
これは、わたくしが事前に打っておいた手の一つ。
このパーティーで殿下たちがわたくしの排除に動くこと、阻止されないよう主要な教師陣と学園長を足止めして会場から遠ざけておく作戦だという情報はを掴んでおりましたから、わたくしが信頼しているご令嬢たちに、殿下たちが動き出したらすぐに学園長たちに知らせてもらえるよう頼んでおいたのです。
学園長の口ぶりからして、やはりフラン様が協力者である教師に足止めをさせていたようですが、彼女たちは上手くやってくれたのでしょう。
(さすが、わたくしの自慢の友人たちですわ。これで首の皮一枚繋がりましたもの。)
バナナだけに、などと言っている余裕はありませんが。
とにかく、彼をこの場にお連れすることができれば、わたくし不利な盤面を引っくり返すことが可能になります。
学園長は王族の系譜を継ぐ高位貴族で、高い能力と公正で実直なお人柄から現国王の信頼も厚いお方。そのため、学園内の諸事についても一切の裁量権を賜っているのです。
それでも、さすがに学生の身とはいえ継承第一位の王子を相手取って、一方的にその主張を退けるのは難しいでしょう。しかし……。
「学園長先生、ご面倒をお掛けしてしまい申し訳ございません。恐れながら、わたくしから説明させていただきますわ。」
殿下達が混乱している間に、わたくしは事の経緯と状況を正確に学園長にお伝えします。
全て聞き終えた学園長は、静かに深く頷きました。
「ふむ、お話は分かりました。……困りましたな。
アクミナータ侯爵令嬢の行いに関する調査や、ご令嬢同士の諍いを仲裁するということならまだしも、それらを理由に王子殿下が婚約破棄を宣言なさるとは。
……これはもはや学園の手に余る話。陛下に
そうです。即解決とはいかなくとも、この場を一旦預かっていただき、しかるべき場所へ繋いでもらうことはできるのです。
陛下のお耳に入るとなれば、まともな調査や処置が期待できるはず。
フラン様(と殿下達)はきっとなりふり構わずにあらゆる手を打ってくるでしょうけれど、わたくしの立場で王族相手に事態を打開するためには、それに賭けるほかありません。
学園長はまた、「本件に係る事実関係の調査について、学園側としては協力を惜しみません。」と仰ってくださいました。
その采配に対して同意と感謝の意を示したわたくしでしたが、対照的に、殿下は納得がいかないご様子。
(本当に頑なですのね。確かに考えなしに浮かれていた時期はありましたが、わたくし、この方がそこまで許し難い程の行いをしてきましたでしょうか?)
半ば呆れながらも、わたくしは殿下をどうにかするために口を開きます。
「あら、殿下はご自身が正しいと確信しておられるのでしょう?ならばむしろ願ってもない提案かと思うのですが……。もしかして、自信がおありでない、とか?」
「!?」
「いえまさか、そんなはずはございませんわよね。優秀な王子殿下が、あれだけ自信満々になさった宣言が間違いであったかもと、そうであったらどうしようと内心怖れていらっしゃるだなんて……ふふっ。」
「お、まえ……!」
慇懃無礼に煽りながら、堪えきれずに笑いを漏らす演出も忘れません。
(わたくしを見下し、悪感情を抱いておいでなら、それを利用させていただくまでですわ。)
「っ、黙れ!今すぐにその不愉快な口を閉じろ!」
「!殿下、どうか抑えて……!」
思わず陰に隠れることを忘れて前に出てしまったのであろうフラン様が制止の声を上げますが、怒りに火がついた殿下を止めることはできませんでした。
「そこまで言うならば、良いだろう!陛下がご判断を下すまでは待ってやる!せいぜい怯え暮らすがいい!」
(どうやら、上手く乗せることができたようですわね。……これでまだ、戦えますわ。)
わたくしがほっと安堵の息をつきかけた、そのとき。
「……やれやれ。それでは困るのですよ、学園長先生、キャスリン嬢。」
フラン様が気取った声を響かせるとともに、勿体ぶった動作で片手を振りました。
ザザザッ!
「!?」
「これは……!?」
ジャキジャキッ!ジャキン!
すると、それを合図とするように十数人の騎士たちが突然現れ、わたくしと学園長を取り囲んだのです。
わたくし達を脅すように刃を向ける彼らの身なり、装備にはよくよく見覚えがありした。
「……っ! 学園の、警護騎士……!」
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