17.青い宝石
学生寮の自室にて。
わたくしは落ち着かない感情を持て余し、一人悶々としておりました。
(いっそ頼ってしまえば良かったのでしょうか?)
バルビシアーナ家のご当主はこの国の宰相閣下。
確かにそのご子息であるブルーノ様の協力があれば、陛下への上奏も可能になったかもしれません。
(……いえ、まさか。何を馬鹿なことを考えているのです。)
仮にそうだとしても、そんなものは諸刃の剣。
我が家は革新的であるが故に高位貴族に敵が多いのですから、ブルーノ様や宰相閣下の腹の内が読めない以上、公爵家にベラベラと内情を話したり、不用意に言質を取られるわけにはいきません。
やはり辞退して正解だったのです。
(なのに、その手を取らなかったことを今さら惜しく思うだなんて、おかしいですわ。)
頭では全て結論が出ているのに、それでも「もしかしたら」だなんて。
本心からわたくしを心配してくださっている、なんてこと、あるはずがないのに。
(相変わらず成長がみられませんわ、わたくし。我ながら、どんなご都合主義の展開を期待しているのだか。)
──何を期待しているかって?自分の事だもの、本当は分かっているでしょう?
「……。」
わたくしの中のわたくしが、そう語りかけてきます。
(もちろん分かっていますわ、そんなこと。)
あの時、答えを出すのは、本来ならもう少し真意を探ってからでも良かった。
一考の余地はあったはずの彼の申し出を、きっぱりと、ほぼ即答で断った理由。
それはとても簡単で、そしてとてもくだらないことなのです。
(好きな男性の前で、意地を張った。格好をつけたかった。たったそれだけのことだって。)
だから自分にとってはこれくらいなんでもないというような顔をして、強がってしまった。
(だって彼があんな、完璧の仮面を脱いだように人間らしい表情を見せるから。
まるで本心だと勘違いするほど真っ直ぐに、こんなわたくしを美しいと、魅力的だと……羨んでいた、などと言葉を重ねるから。)
ただの憧れで済ませておけば良いものを。
単純なわたくしは身の程知らずにも、あの美しい
今なら分かります。
かつてジェフリー王子に抱いた感情など、しょせん人間の生に浮かれていたバナナが、恋の真似事をしていたにすぎなかったのだと。
ブルー・ジャヴァ・バナナ。あの憧れの青い宝石に、よく似た
わたくしはかつて遠くから眺めるだけだったその果実のことも思い出します。
(バナナであった頃は恋などという感情を持ち合わせていなかったけれど。完熟前のブルージャヴァの銀色を帯びた凛々しい青色。少し冷たそうにも見える、けれど気高い姿に羨望を抱いたものですわ。)
──ほんとうに美しい、青色ね。
(そして、その真価は未熟果の見た目だけで終わりません。
あの日だって、わたくしたちキャベンディッシュのように飾り立てたりしなくとも、その稀少な味や食感で黒山の人だかりを作り出し、飛ぶように売れていましたし。)
──いいなあ、いいなあ。彼らは、ありのままでも皆に求められるのだわ。
──売れ残ったりなんて、しないのだわ。
ブルーノ様もまさにそのような、棲む世界の違う人。
似ていることに気づいた当初ははしゃいだものだけど、今はむしろ恨めしい。
そっくりだから、だからこそ胸が痛いのです。
誰にも必要とされなかったわたくしなんかが
、あんなにも美しい人に恋をしてしまうだなんて。
最初から叶わないことが決まっているようなものなのに。
そもそもわたくしはジェフリー王子の婚約者。どこをどう取っても、全く望みのない恋なのです。
(苦しい。どうにもならないなら、こんな感情、知りたくなかった。)
生まれて初めて抱いた、けれど他者に知られることすら許されない恋情を持て余したわたくしは、声を押し殺し、密かに枕を濡らしたのでした。
* * * *
そしてひとしきり嘆いたあと。
わたくしはゆらりと起き上がり、不思議なほどクリアになった頭で思考します。
(それでも。美しくなくとも、身の程知らずでも、不甲斐ないところだけは見せたくありません。)
格好をつけるのなら、意地を張るのならば最後まで。
舞台の上で滑稽に踊る人形だというのなら、そのまま踊りきってやれば良い。
彼の前で宣言したとおり、今までもこれからも、わたくしはただわたくしにできる最善を尽くすのです。
少なくとも、たった今そう決めたのです。
(あのような人間たちに、このまま無様に負けてなどやるものですか。
今のわたくしに使える手段を考えましょう。
相手が王族だって何だって、もう萎れたりなんかいたしません。手持ちのカードを残らず切ってでも、必ず戦い抜いてやりますわ!)
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