5.空っぽの綿菓子

 陰りが見えたのは、王子殿下との顔合わせから一年後の、とあるパーティーでのこと。


 そのパーティーは主催者でもある子供好きな王妃様のご意向で、親族の同伴を条件に各家の子女も参加が許されておりました。


 当然王妃様の御子であるジェフリー王子殿下もいらっしゃると聞いていましたから、わたくしは胸を弾ませ、めいっぱいのお洒落をして臨んだことを覚えています。


 会場に着いて早速そのお姿を見つけたわたくしは、両親に断りを入れてすぐに殿下のもとに向かいました。


(あら……?)


 そのとき、本当に偶々たまたまですが、殿下が一人のご令嬢に対して、穏やかならぬ空気を纏ってお話している現場に鉢合わせてしまいます。


「とても可愛らしいドレスだね。それに君のその胸元に輝くのはエメラルドかい?見たところ随分と上等な品のようだ。

貴家の領地は昨年ひどい凶作に見舞われて、今も苦しむ領民がいると聞くが、領主ご一家はまあ随分と余裕があるものだね。」

「!?……あっ……。」

「親子揃ってこんなところに来ている暇があるのなら、その自慢のドレスやネックレスを売るなりして、民にパンのひとつでも買ってやったらどうだい?そうだ、そうして残ったお金で、君にもっとお似合いのドレスを買えばいい。」

「……!……申し訳……ございません……。」


(あらら……?遠回しといえど、あのように招待客を貶める発言はさすがに礼節に欠けるのでは?殿下のお立場を考えると、完全にタブーなのでは……?)


 あまりの物言いにショックを受けたのか、カタカタと体を震わせたそのご令嬢は、それでも何とか場を辞するための礼をなさいました。


 そして顔を赤くして早足で去っていく彼女の姿を、殿下はまるで親の仇とでもいうように憎々しげに睨み付け、殿下の周囲を固めているご友人達は「厚顔無恥だと思ったが、どうやら羞恥心は持ち合わせていたらしい。」と笑い合っていたのです。


(……あれは、ほんとうにあのジェフリー殿下?顔立ちの似通った、まったくの別人ではなくて?)


 当時自分の中にあった殿下のイメージとかけ離れたやり取りを目にしてしまい、わたくしの頭は混乱を極めていました。


(いったいどうしてあんなことを?パーティーの参加者として、彼女の服装におかしな点はなさそうでしたが……。)


 仮に目に余るほど華美であったとしても、先ほどのあれは主催者の親族である殿下がしていい言動ではありません。


 ここに来ているということは、皆等しく王妃様の招待を受けているはず。


 正当な招待客が場にふさわしい装いで参加したことを主催側の人間になじられるだなんて、理不尽極まりないことです。


 むしろみすぼらしい格好で参加などすれば、王妃様の顔に泥を塗ることになるのですから。


(わけが分からないけれど、とにかく、お諌めしなくては。)


 王子殿下の婚約者としてそれが当然の行動であると、そう思ったわたくしは、人目につかないよう気を配りつつ、そっと殿下にお声をかけて忠言いたしました。


 ところが。


「君も先ほどの令嬢と同じだな。」

「……はい?」


 返ってきたのは、今まで聞いたことのないほど敵意に満ちた声。


「普段から中身のない話で無為な時間を過ごさせるだけではあきたらず、つまらない進言までしてこの私を煩わせるのか。」

「殿下……?」


 初めて向けられる険のある視線に、これまで信じてきた幸せな世界が音を立てて崩れていくような、そんな心地がいたしました。


 殿下は続けて仰います。


「はあ……。ずっと我慢してきたけれど、もううんざりだよ。その小さな頭の中にはドレスと宝石、それに菓子の情報しか入っていないのだろう?今さら君の言うことなど、耳を傾ける気にもならないな。」

「……っ、お言葉ですが殿下、わたくしたち貴族令嬢がこのような場で着飾るのも、そのために日頃から研鑽を積むのも、決して無意味ではありません。

それに!あのご令嬢だって、身につけていたのはエメラルドではなくガーネッ…」

「うるさい、粗末な言い訳をするな。石の種類なんてどうでもいいんだよ。あの令嬢には王子として正しい『助言』をしただけだ。問題などどこにもありはしない。」

「で、ですが殿下、あなた様のお立場でそのような……。」

「くどい!」


 ピシャリと叱責され、呆然とするわたくしはそのときようやく気づいたのです。


 気付いてしまったのです。


(あれ?これって……。もしかしてわたくし、頭に綿菓子が詰まっているみたいに、中身が空っぽのお馬鹿な令嬢だと思われてるんじゃない?)


 と。


 追い討ちをかけるように、ご友人の一人がこちらを見てニヤニヤと笑いながら、殿下に何か耳打ちをしました。

 気がつけば、彼らは皆似たような表情でわたくしを眺めています。


 その状況に、どうしようもなく居心地の悪さ、心細さを感じ、身体が冷えていくのが分かりました。


 きっとあのご令嬢もこんな気持ちだったに違いありません。


 そんな感情が表に現れてしまったのでしょうか。

 殿下はその整った顔をしかめます。


「……なるほど、君は病弱だからと、侯爵家では随分甘やかされて育ったに違いない。」

「え……?」


 それは、咄嗟に耳を疑う発言でした。


 わたくしの体と家族のことは、顔合わせのときにきちんとお話しています。


 そこでまたひとつ、気づいてしまいました。


(……もしかしなくても、真摯に話を聞いてくれていると思っていたのはわたくしだけで、実際はただ聞き流されていただけなのでは?)


 と。


「何を言ったところでどうせ理解などできないのだから、君には話をするだけ無駄なのだろうな。」

「お待ちください殿下、何か誤解が……。」

「下がりたまえ。悪いが今日はもう君の顔を見たくない。」


(えええ……。)


 いくら物申したいことがあったとしても、王子殿下にそこまで言われてしまっては、到着したばかりのお茶会を退出せざるを得ませんでした。


(パーティーのお菓子、楽しみにしていたのに……。)


 いえいえこういう俗物的な姿勢がご不興を買ったのかしらと思いつつも、両親にはとりあえず気分が優れないと誤魔化して、名残惜しくも会場を後にしたのです。

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