4.婚約する
天啓にも似た気付きを得たあの日から、わたくしは華やかな趣味嗜好にすっかり夢中になりました。
それはもう、前世の反動といえるほどに。
「お父さま!わたくし、次の誕生日には新しいドレスが欲しいです!あと、それに似合うネックレスも!それと髪飾りも!」
「ははっ、仕方ないな。キャシーは本当におしゃれが好きだね。」
「あら貴方。身なりに熱心に気を配るのは、貴族令嬢として素晴らしい心掛けですわ。……キャシーにはいつも寂しい思いをさせていますからね。当日は王都で流行りのお菓子もたくさん用意してお祝いしましょう。」
「やったあ!お父さまもお母さまもだーい好き!」
それでも、両親も姉も兄も、みんなわたくしを心から愛してくださいました。
我が家はそういう家系なのか、わたくし以外の家族は皆体が弱く、長く一緒に過ごしたり外で遊んだりはできません。
お母さまの仰るとおり少し寂しいと感じるときもあるけれど、体調の良いときはちゃんとわたくしと向き合ってくださるから、辛いと思ったことはありませんでした。
彼らの惜しみない愛情は、前世の悲しみからまるで冷凍バナナのように凍りついていたわたくしの心を、じんわりと溶かしていったのです。
(わたくし、この世界に生まれてきて良かった……!)
好きなことを好きなだけして、周りからは存分に愛される。
憧れていた以上の生活を謳歌していたこの頃は、ただ幸せで、何もかもが輝いて見えまました。
* * * *
そんな折、もうひとつの転機が訪れます。
なんと、侯爵令嬢であるわたくしと、この国の第一王子殿下との婚約が決まったのです。
(「王子様」と結婚?わたくしが?)
前世ではそういう展開の物語に小さな人間の女の子達が憧れていたのを覚えていますが、まさか現実に、それも自分の身に起こるだなんて。
信じられないと戸惑っている間にあれよあれよと日取りが決められ、とうとう初めての顔合わせの日と相成りました。
そしてお会いした王子殿下。
「きみが、俺の婚約者になる令嬢だって?」
彼は金髪に碧眼、少し眉が太くて意思の強そうな、物語の登場人物のように格好良い少年でした。
(これが……「王子様」……!)
「……。」
「……。」
わたくしが思わず見とれてしまったせいで、そのまま数秒の沈黙が下りました。
「あっ!お、お言葉を返せず申し訳ございません!」
すぐにハッと我に返り、無礼を詫びつつも慌てて自己紹介をいたします。
「ご挨拶が遅れました!わたくし、アクミナータ侯爵家のキャスリンと申します。」
「そう……。俺はジェフリー、この国の第一王子だ。」
それから、王宮の豪華な一室で、殿下と二人、色々なお話をしました。
わたくしは侯爵家が贔屓にしている腕の良い仕立て屋の話や、異国との交易で手に入れた珍しい宝石の話など、最近心動かされた出来事を。
もちろん今回振る舞ってくださった焼き菓子や紅茶、洗練された調度品への称賛も忘れません。
この美しい「王子様」にわたくしのこと、わたくしの好むものを知ってほしい一心で、あれこれと語ってしまいましたが、殿下は真摯に聞いてくださりました。
わたくしの話が一段落すると、殿下は我が侯爵家の領地について二三質問なさった後、「君は未来の王妃として、この国をどんな国にしたいと考えているか。」とお尋ねになりました。
第一王子ともなれば、さすが志も高い方のようです。
そんなところも素敵な方だと感じたわたくしは、わたくしの思うままを正直にお答えしたのでした。
するとそのとき、殿下の口元がふっと緩んだのが分かりました。
「……!」
これまでずっと真剣な顔をなさっていた殿下がようやく笑ってくださった。
それはとても嬉しいことで、わたくしの心は温室に入ったようにぽうっと温まりました。
(本当に素敵な方……。この方が未来の旦那さまだなんて、わたくし、こんなに幸せで良いのかしら。)
きっと不遇な最期を迎えたわたくしを憐れんでくださった神様から、今度こそは幸せになれるようにとご慈悲を賜ったに違いありません。
女の子なら誰もが憧れる、格好良くて賢くて優しい「王子様」との婚約。
わたくしはまさに、幸せの絶頂だったのでしょう。
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