第29話 朝影
「大学ってもう授業終わっちゃうのか。あっという間に学年も上がっちゃうね。」
「まあ、二月には春休みになるから。」
起こしたリクライニングに全体重を預けて、ちらっと見える腕はもう初めて会ったときの肉付きはほぼなく、顔色も血色感がない。
「ねぇ、もし私がこの世界から消えたらどう思う?」
「急にそんなこと言い出してどうしたの?」
「単純に気になっただけ。それで、どう思う。」
「寂しいとか悲しいとか。」
「そっか。そうだよね。私もそう思う。」
窓辺に飾られた桜を見つめながら、何かに思い焦がれているよう。
「今年は桜、見に行けるかな?そう言えば浴衣着て花火なんかも見たね。お出かけもしたし。」
「そのときは靴擦れして大変だったじゃん。」
「そんなこともあったね。やっぱり初めて履く靴はダメだね。張り切りすぎたな。あのときのプリンすごく美味しかったな。」
なんだか変だ。急にこんな話。でも、遮りたくもなくてそのまま聞き流した。
「最近ね。寝るのが怖い。」
目に涙を一杯貯めて話始めた。
「見て。もう肉なんてほとんどない腕。体も重いし、もう寝たら起きられないんじゃないかって怖くてたまらなくなる。まだ、見たい景色もやりたいこともたくさんあるのに。神様はいじわるだね。」
もう目に貯められる涙も限界であふれ出していて、ティッシュを手に取り涙を拭き取ってあげる。
初めて聞く本音に内心そんなこと言わないでくれとか大丈夫とか言っているけれどそんなこと口が裂けても言いたくなかった。それを言ってしまったら僕は無責任だと思ったからだ。
「でも、不思議だね。桜翔くん見てると安心するんだ。大丈夫だって。だから、そばにいて。私が寝るまで。」
「わかった。」
もう僕はもう何となくわかってしまっていた。むしろ、わからないのは鈍感すぎると思う。明らかに悪くなった顔色。細くなった手。肉付きがなくなった頬。彼女に繋がるいろいろな線。それでも聞かなかった。いや、聞きたくなかった。僕よりずっと本人の方が辛いはずなのに僕の方が現実から逃げたかったのだ。
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