人は錆び、鉄は歌う。
大洲やっとこ
第0話 ソフィの歌声
「ソフィの歌姫。最後の一基も軌道に乗りました。システム全て問題ありません」
「諸君の努力はここに結実する。馬鹿どもの覇権争いも今日までだ」
立体モニターに表示される惑星と、その周囲を覆う無数の点。
数百の点の中でひとつだけ欠けていた場所に光が灯ると、発射基地の指令室にも温かな明りが差したように安堵の吐息が溢れた。
「覇権と遠い我らだからこそ完成させられた。貧苦に耐え忍んでくれたソフィストスの市民も、この成果で救われよう」
取るに足らない弱小勢力として耳目を集めることがなかった。
表向きは攻撃性のない気象衛星を打ち上げているだけ。
丸々信じられていたわけはないが、戦力の乏しいソフィストス連盟がスパイ衛星などいくら打ち上げても大勢に影響はない。
市民の暮らしを犠牲に注力するのを他国は愚行と
貧しい国力でここまで辿り着くのに、ソフィストス連盟の全市民には多くの負担を強いた。
それも全て、世界を手にする為に。
「【偽りの追勅】をここに起動する。ソフィストスの未来のために」
「ソフィの歌姫、
星を取り囲む数百、千の点の光が強くなり、それぞれを結びあっていく。
大きな網のように。
ソフィストス連盟と敵対する勢力の電子機器を破壊する。空の上から。
ミサイルはその標的を書き換えられ、通信は意味を失う。航空機や船舶の計器をデタラメに狂わせ、高性能コンピューターの制御はこちらで支配する。
偽りの追勅。
世界を塗り替える神のシステムの完成だ。
「司令! 何者かがソフィストス領内を侵犯……急速にこちらに迫っています!」
「なに?」
「速い! 秒速2000メートルを超え……あと数分でここに着弾します!」
速度からして乗り物ではない。ミサイルと判断して着弾と報告したことに誰も疑問を抱かない。
「その数分が命取りだ。隠密に弾道ミサイルでも打ったのだろうがもう遅い」
何者かが偽りの追勅の存在を知り、ここを標的にした。
システム完成を待って奪い取ろうとしたのかもしれない。
正確にどういうシステムなのか伝わっていなかった可能性もある。ただの攻撃衛星と誤認したか。
「ちょうどいいデモンストレーションだ。そのミサイルの行き先を発射元に書き換えてやれ! 時間がなければ逸らすだけでもいい」
「はっ! 偽勅起動!」
「光速ならば間に合わなかったがな」
まさにこんな事態の為の防衛システムであり攻撃システムだ。
世界を網羅するまで起動こそしてこなかったが、国土を守る部分は当然ながら先に完成させてある。秘密裏に実験も済ませた。
飛んできたミサイルのプログラムを、後から書き換えてやるだけで問題は解決する。
電子制御を上塗りする衛星電波兵器。
これこそがソフィストス連盟を世界の覇者と成す至高の力。神の力だ。
「……っ! なんだこれは!?」
「どうした?」
「効果なし! 以前目標は変わらず直進!」
「偽勅に反応なし? システム全稼働。対象全ての敵性勢力に設定……駄目です!」
「誘導システム無しだと!? 原始人がロケット砲でも打ち込んできたと言うのか。ええいっ!」
偽勅はあくまで電子機器に対する攻撃衛星だ。
回路に極端な負荷をかけて焼き切ったりすることも可能だが、電子機器を搭載しないものには効果が及ばない。
たとえば、ただ爆薬を詰め込んだ筒をロケットで打ち込むなどであれば対処できない。
この科学文明の中でそんな前時代的な兵器を使用するなど考えもしなかったが。
「真っ直ぐ突っ込んでくるだけなら撃ち落とせ! 下らん悪あがきだ」
「はいっ!」
誘導弾などでもないのなら軌道計算はたやすい。
軌道さえわかっていれば機銃掃射でも対処可能だ。下らないことを。
情報を漏洩させた何者かがいるのだろうが、それは後回しでいい。
電子プログラムを上塗りする神の声。ソフィの歌姫の声が届く限り世界の全権はソフィストス連盟が握った。
原始人が竹槍で向かってきたところで――
「曲がった!?」
「目標速度変わらず! 回避運動……嘘だ!?」
「何があった!」
「マッハ5でほぼ鋭角に回避! またこちらに向かっています!」
「馬鹿を言うな! なん……なん、だ……レーダーの故障……」
戦闘機なら回避することもあるだろう。
しかしその速度で急激に曲がろうとすれば、機体が負荷に耐えられずバラバラになる。
どこかの国が秘密裏に超々高速戦闘機を開発していたとしてもあり得ない。何よりまず中の人間が耐えられ――
「無人機のはずがない! 我らの追勅が……」
「来ます! 目標着弾まで――」
「まさか――」
『――!』
過度な爆音は音として認識すらできなかった。
破壊の衝撃が基地を襲い、砕け散る。
偽りの追勅。ソフィストス連盟の全てをかけ作られたその指令室に激震が走った。
「あ、が……」
ウィィィィ……
警告音が鳴り響くが、そこにいたほとんどの者は既に死んでいる。
わずかに生き残った者は、破壊された建物の跡地から空を見上げただろう。
星空と、月と。並んで浮かぶ灰褐色の大きな影を。
『ソフィストス連盟の諸君。ご苦労だった』
基地司令官は運良く、運悪く生き永らえていた。
柱と壁の間で、瓦礫に右足を挟まれ激しい耳鳴りの中で声を聞く。
「ろぼ……? 人型の、ロボット……ふざけて、ぐぅ……」
『母の言葉を届ける』
人型ロボット。ふざけている。
航空力学的にも何にしても明らかな欠陥兵器。
誰がこんなくだらないものを作ったのか。許せない。
「人が……人に、動かせるわけが……?」
こんな冗談の産物で自分が人生を賭けて作り上げた成果を無にされる。
どうして、という疑問の後。
天啓というのだろうか。脳に光を流し込まれるように答えが舞い降りた。
「強化人間……エルクシの狂人が……っ!」
『母の言葉を届ける』
異常な身体能力を発揮する強化人間を戦場に投入していると聞いていた。
数は多くない。だが生身で戦車をひっくり返し音速以上で走る異常な少年兵士。局地戦では脅威となっていると。
生身で音速に耐えるのなら、この人型戦闘兵器がやってみせた狂気じみた戦闘軌道にも対応できるのではないか。
戦闘用強化人間など戦乱の世にあっても非道が過ぎる。そんな噂のエルクシには悪名高い女科学者がいた。
『ソフィの歌は私の子供たちを祝福するだろう。完成おめでとう。君たちは地獄で続きを歌ってくれ』
グオンと、うなりをあげて灰褐色の人型ロボットが右腕を掲げた。
エネルギーが満ちて腕そのものが薄っすらと輝く。
「アピロフローガ……制御不能の無限機関を……きさまは、いったい……」
『
歌うように瞬く星々を最後に見た。
◆ ◇ ◆
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