第17話 師匠の悪影響


 えーっと…… 固まってしまう僕ら三人をよそに、ベルニカさんはまだコチラに気づかないクリュウ様にズカズカと近づいてその頭をハリセンで叩いたよ。


 スパコーンッっていい音がでたね。でもベルニカさん、ハリセンを何処から出したんだろう? ひょっとしたら僕と同じ空間魔法の使い手なの?

 と思っていたら腰に付けてるポーチにハリセンが入っていったよ。そうか、魔術ポーチを持ってたんだね。


「クリュウ様、ナーガ様、愛を確認し合う事は大切ではありますが、時と場合を考えていただければと思います」


 ベルニカさんはお二人にそう声をかけたよ。ギギギィーと音が出てると錯覚しそうな感じでお二人が僕たちの方を見た。


「なっ!? ハ、ハル殿! いつの間に! それに後ろにいる二人はメイビー嬢にマリア嬢じゃないか! 二人とも久しぶりだな!」


 僕が居る事に驚いた後にメイビー嬢とマリアさんを見て懐かしそうにいうクリュウ様。そんなクリュウ様を拗ねた様に見るナーガさん…… 修羅場か、修羅場なのかな? いや、僕は関係ないですからそーっとおいとましようっと。


「クー様、もう浮気ですか…… 私、悲しいですわ……」


 ナーガさんがそう嘆くと、慌ててクリュウ様が


「ナーガ、浮気なんかじゃないぞ! 二人とも幼い頃に遊んで上げた姉妹なんだ。ほら、ナーガと同じく子爵家のご令嬢たちだよ。グローデン子爵家なんだ」


 そう言うとナーガさんはクリュウ様から離れてメイビー嬢の元にやって来たよ。


「メイビーさん、はじめまして。この度はとんだ事になってしまって大変でしたね。でも、どうしてこの温泉宿に? ハッ、まさかコチラのハル様に手篭めにされるところだとかっ!?」


 メイビー嬢の事情は知ってるんだね。でも、うん女性だけどツッコミを入れようと僕が一瞬で思ったけど、半瞬で判断した人が居たよ。


「何でやねん!!」


 ベルニカさんの手にはまたもハリセンが。そのハリセンでナーガさんの頭をスパコーンッって言葉よりも早く叩いていたよ。

 それを見たクリュウ様が叫ぶ。


「ああっ!? ナーガ、大丈夫かっ!?」


 しょせんはハリセンだからそんなに痛くはないですよ、クリュウ様。それにしても【何でやねん】ってツッコミをこの世界で初めて聞きましたよ、ベルニカさん。


「クー様、痛いですー」


 なんかナーガさんの素が見えてます。表で会った時に高潔な人だと思ったのは撤回した方がいいのかな?


「おお、可哀想に。どれ俺が痛みを無くしてやろう。ベルニカ、我が妻を叩くとは何事だ!」


 そう言ってナーガさんの頭を撫で撫でしているクリュウ様。


「間違いを正すのも臣下の役目です、クリュウ様」


 正論だね。ぐうの音も出ないクリュウ様を見たよ。


 そこでやっとメイビー嬢とマリアさんが正気に戻ったようだよ。


「お久しぶりでございます、クリュウ兄様」

「ご無沙汰しております、クリュウ様」


 二人の挨拶にクリュウ様は


「本当に久しぶりだな、二人とも。メイビー嬢、マリア嬢、二人ともテリス帝国へと行く途中なのだろう? マリーナ様はとても優しい方だから帝国に行っても不自由する事は無いだろう。何よりハル殿と一緒ならば何の不安もあるまい」


 そう笑顔で言い切ったよ。その言葉に先程のベルニカさんの言葉で不安そうな顔をしていた二人に笑顔が戻ったよ。グッジョブです、クリュウ様。


「それにしてもハル殿も隅に置けないな。成人したばかりだというのに、早くも二人の婚約者か」


 盛大な勘違いをしてますよ、クリュウ様。僕は慌てて訂正したよ。


「間違ってますよ、クリュウ様。このお二人は僕の雇い主です。僕は馬車の御者としてお二人に雇われています」


 僕がそう言うとクリュウ様が目を大きく開いてビックリしている。


「なんと!? 隠者様の直弟子であるハル殿を御者にだとっ!? なんともはや…… 知らぬとは言え危ない真似を…… メイビー嬢にマリア嬢、テリス帝国に入ったらハル殿を雇っているなどとは言わぬ方が良いぞ。マリーナ様に会うまでは口にしてはいけないぞ。マリーナ様ならば心配ない、こき使えと仰るだろう」


 クリュウ様までそんな事を言い出したよ。まあ、マリーナ姉さんなら確かにそう言うだろうけど……

 そこで僕は言うなという事に対して反論したんだ。


「クリュウ様まで何を言い出すんですか? 僕はただのド平民ですよ。メイビー様やマリアさんよりも身分は下なんですから、雇われてもおかしくないでしょう?」


 僕の言葉を聞いたクリュウ様はハア〜と呆れたようにため息を吐いた。


「ハル殿ご自身が自分の事を分かっておられなかったか…… ハル殿、ハル殿はマリーナ様と共に魔鏡の森の隠者様の弟子である事はダルガー王国のまともな貴族や、テリス帝国やその他の国々では周知されているのだ。それ故にこの二国だけでなく、他の国々の王族や貴族からも手出し無用との暗黙の了解があるのだよ。協力を求め、それに本人が賛同した場合は別であるが、雇うなどという言葉は使わない方が二人の身の安全の為にも必要なのだよ」


 えっと…… 国々から僕ってそんな扱いなんですか? ただの成人したての平民なんですけど……


 僕の顔を見てクリュウ様が言葉を続けた。


「ハル殿は魔鏡の森の隠者様の影響力をご存知ないようだ…… そもそも、魔鏡の森で生活出来る者がどれだけ凄いことなのか…… 魔鏡の森の魔物はダルガー王国だけでなく、各国の調査隊の調べによりSランク以上と定められている。それも森の浅い部分に関してだ。深い部分にいる魔物については調査隊も調べる事が出来なかったのだよ。浅い部分にいる魔物に苦戦してな。そんな場所で生活をし、普通に魔物を狩っていた隠者様、マリーナ様、ハル殿は各国から畏怖されるのも仕方なかろう?」


 最後は問いかけだったけど、えっと…… あの魔物たちってそんなに強かったんだ。修行の片手間に狩ってたんだけど…… 何ならマリーナ姉さんなんか右の人差し指一本で倒してたんだけど…… もちろん、僕にはそんな事は出来ないよ。


 とまあ、そんな感じで辺境伯であるクリュウ様に言われてメイビー嬢とマリアさんの僕に対する態度が変わってしまおうとしていたんだよ。

 クリュウ様の言葉の後に二人とも挨拶もソコソコに部屋を出て行くから、僕も着いて出たんだけど、離れに着いた途端にメイビー嬢もマリアさんから、


「ハル様、今までのご無礼をお許し下さいませ」

「ハル様、悪いのはメイビーではなく私です。どうか罰するのであれば私だけにして下さい」


 なんて頭を下げられる始末だよ。本当に僕が知らなかっただけでこんな事になるなんて…… 師匠って悪影響だなぁ…… って思っちゃったよ。


「あのですね、僕自身も知らなかったんですし、それに僕としてはそんな感覚も持ってないですから、これまで通りに接して欲しいです。それに、マリアさん、罰するなんて言って僕がもしもエッチな事を命令したらどうするつもりですか? もっと自分を大切にして下さい。僕はこれまで通りハルと呼び捨てにして貰えないとこの先の御者はできませんよ」


 とちょっとウンザリ気味(演技)に言ってみたよ。そしたら、


「でも…… 雇ってるって事は無しにしないとダメですし……」


 とメイビー嬢が言うと、マリアさんも、


「わ、私はエッチな事を命令されても従う覚悟はあるぞ! 但し、メイビーには手を出さないで欲しい」


 なんて言い出すんだよ。まあ、マリアさんは口調が戻ったけどね。


「メイビー様、それじゃあこうしましょう。僕が姉弟子であるマリーナ姉さんの元に行く事を知ったお二人が馬車を用意してくれたって事にすればいいでしょう? それと、マリアさん、僕は成人したとはいえ、まだ十二歳です。エッチな事に興味がないとは言いませんが、自分ではまだまだ早いと思ってますからそんな命令は出しませんからね!?」


 と明るく二人に言ったんだ。そしたらメイビー嬢が、


「分かったわ、ハル。それならお願いがあるの。ハルも私の事を呼び捨てで呼んで欲しいですわ」


 うーん…… まあその方が二人を守るのにいいかな? でもマリアさんは呼び捨てにしないよ。年上の人を呼び捨てにしてるのがマリーナ姉さんにバレると僕がお仕置きされるからね。その説明を初めにしてから、


「それじゃ、これで決まりっていう事で、この先もよろしく、メイビー、マリアさん」


 二人にそう言ったんだよ。



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