作物を荒らすペガサスとの戦い

 俺たちが村に着いた時、ペガサスのうち一体はすでに村の畑に実っていたカブを食べ始めていた。


 純白の翼と身体を持つ神々しい魔物が作物荒らしをしている絵面は滑稽ではあるが同時にやっかいでもある。


 俺はペガサスがカブに夢中になっている隙に少し距離をとってから翼と身体の間部分を狙って投てき用の石斧を投げる。


 最初に翼のつけ根を攻撃部位に選んだのには理由がある。


 それは相手が空を飛ぶ可能性を下げられる上に、万が一飛んでも上手く飛べないことによる落下死の可能性を作ることができるからだ。


 グサッ!


 石斧が見事に命中する。


「ヒヒィイイイン!!」


 ペガサスが痛みのあまり斧が刺さった部分から血を出しつつその場で暴れ出す。


 そして、俺の存在に気付いて人類を憎むような眼で俺をにらんで突進してくる。


 ペガサスは翼があるにも関わらず馬と同等の速度とパワーで走ることができる。


 なので、この魔物の突進をよけられる人間はほとんどいない。


「だが、俺なら避けられる!」


 ペガサスが突進してくる中、俺は精神を戦闘に向けて極度に集中させていく。


 すると、ペガサスの速度がどんどん落ちていく。


 どうやらベガいわく、俺は長年の訓練の副産物として戦闘中に極度に集中すると体感時間が極度に遅くなる『超集中』という技能を無意識に習得していたらしい。


 つまり、そう見えているだけでペガサス自体は今もなお馬並みの速度とパワーでこちらに迫ってきているのだ。


 俺は超集中の恩恵を受けつつ全力で身体の左側に横跳びする。


 元いた場所より15歩ほど離れた場所に着地すると、超集中が解けて俺の体感時間が徐々に戻ってくる。

 

 ペガサスは俺が突進を避けたのを把握しないまま前方にあった大きめの樹に頭をぶつけた。


 ペガサスの意識が曖昧になっているのを見た俺は足に力をこめ、全力で真上にジャンプした。


 後ろで軽く結んだ髪が高低差でなびくのを感じる。


 自分の身長の10倍ほど高く飛んだ俺は近接戦闘用の斧を取り出し、石斧で傷つけなかった方の翼のつけ根を狙って空中から振り下ろす。


「ヒヒ、ヒヒィィィイイン!!」


 高低差を利用した一撃で翼を切断されたペガサスが痛みのあまり断末魔をあげる。


 そして、そのまま息絶えてから遺体が消滅し始めた。

 

 魔物は動物とは違い、死ぬと身体の一部分を残して消滅するのだ。


「なんであなたはあんなに高く飛べる上にあんなに高いところから落下しても平気なんですか⁈」


 遠くから俺の退治を見ていた村人が困惑した表情で俺に問いかける。


「父親譲りの頑丈さと母親譲りの脚力があって初めてできることだ」


 俺は簡潔に原理を伝えてからもう一体のペガサスのもとに向かった。



 

 村に着いたとき、俺はベガにもう一体のペガサスの足止めを頼んだ。


 ベガは魔物学者でありながらと催眠術と魔物の知識によって国家騎士団員並みの戦闘力を得ているため、安心して背中を預けることができるのだ。

 

 事実、俺が増援に入った頃にはすでにペガサスを飛行不能な状態に追い詰めていた。


「あとは足一本さえ損傷させれば息の根をとめることができる」


 そう呟くベガは先ほどまでしていた髪留めの他にハチマキをしている。


 これは、ベガが魔物と戦うのに必要不可欠な『戦士の催眠』を発動させるためである。

 

 なお、ベガの催眠術は併用可能なのだ。


「ヒヒィイイイン!!」


 ペガサスが俺が戦った個体と同じように突進しようとしてくる。


 普通の人間なら吹き飛ばされるであろう突進。


 しかし、ベガは金のシャベルの柄でそれを受け止める。


 今のベガは『戦士の催眠』によって身体能力のリミッターが外されているため、このような無茶ができるのだ。


 さすがに勢いを完全に殺すことはできなかったものの、ベガを2,3歩ほど押し出したあたりでペガサスの勢いが止まる。


 俺はその隙にペガサスの懐に飛び込み、脚力を活かしてペガサスの足をキックでへし折る。


 ドサッ!


 間髪入れずベガがペガサスの頭に金のシャベルを打ち込み、断末魔を叫ぶ時間すら与えずにペガサスの息の根を止めた。

 

「これで村を襲った魔物は全部かな」


「そんな感じだね。ありがとう、アル君」


 ベガがかすかに笑いつつ俺に感謝を述べる。


 「どういたしまして、未来の奥さん」


 「ううっ、まだ気が早いよ」


 ドッ!


 ベガが顔を少し赤らめつつ俺の腹を肘でつつく。


 いつもならなんてことないスキンシップだが、戦士の催眠のせいかいつもより勢いが強くつつかれたところがわずかに痛い。


「あっ、ごめん!戦士の催眠かかったままつついちゃった……」


 ベガが瞬時に自分がやってしまった小さなミスに気付いてハチマキを頭から取りつつ謝る。


「大丈夫。俺は騎士だからこのくらいのスキンシップでは何ともない」


 実はちょっとだけ痛かったことは黙りつつ、俺は婚約者の前で少しかっこつけてみたのであった。


 



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る