トラップストラップ

あめはしつつじ

雨を待っていた。

 雨を待っていた。

 コンビニに置いてある小説は、

 今話題のもの、なんだろうけれど、

 僕はちっとも興味が持てなかった。

 本を、棚に戻すと、

 同じタイトルの本が二冊並ぶ。

 あなたと、コンビに、なんてね。

 廉価版コミックに、

 面白そうなものはないか探していると、

「ありがとうございました」

 と店員さんの声。

 いえいえ、

 立ち読みは褒められたものじゃ、

 ございません。

 自動扉が開いて、

 聞き馴染んだメロディー。

 外の雨の音が強く入ってくる。

 クラスメイトの雨宮塔子。

 傘立ての前で、首を傾げている。

 僕も、コンビニを出る。

 目が合った彼女は、

 柄のところに、

 僕の赤いストラップが結んである、

 ビニール傘を手にしていた。

「雨宮さん、それ、」

「ち、違うの春野くん。

 わた、私の傘を探してて、

 でも、どこにも、なくて」

「分かってますよ、そんなこと。

 別に疑ってないですよ。

 傘、見当たらないんです?」

「う、うん、入れておいたところにないし、

 誰かが間違えて持っていっちゃったのかな?」

 盗んだ、という言葉を使わない、

 彼女の優しさ。

 けれど、雨はまだ降っている。

 僕はため息を一つ吐く。

 ああ、良くないため息だ。

 相手に罪悪感を持たせる、

 そんな、ため息。

「雨宮さんも、駅まででしたっけ、

 僕も同じなんで、送りますよ」

 彼女から、そっと、傘を手に取る。

「でも、そんな悪いし、

 ちょっともったいないけど、

 ここで傘を買っていけば、」

 僕は値札を指差す。

 七百円。

 バイトをしていない高校生にとって、

 かなりの額である。

 コンビニ傘にいたしますか?

 相合傘にいたしますか?

 とは、

 くだらないので言わなかった。


 人という字は、

 人と人とが支え合ってできている。

 あれは嘘だ。

 人という字は、

 相合傘をする二人からできている。

 彼女を濡らさないよう、

 傘を右に傾ける。

 支えられている人は、

 支えている人なのだ。

「コンビニで何を買ったんです?」

「えっ、えっと、今週の新作」

 60cmの傘の中で、

 彼女はカバンから、菓子パンを出す。

 パッケージを見せようとすると、

 彼女の頭が僕の胸に近づく。

 ふわふわ、

 ホイップ、

 軽そうな言葉が並んでいる。

 見た目はかなり重そうだが。

「裏、見せてもらっていいですか?」

「えっ、うん。

 なっ、何見てるの?」

「カロリーを」

「なっ、なんで私を見てるの?」

「これ、夜中に食べてるんです?」

 可愛らしく、二回、右肩を叩かれる。

 傘から雨粒がいくつも、こぼれ落ちる。

「ご、ごめんなさい、濡れてない?」

「大丈夫ですよ。もうすでに濡れているので」

 相合傘は、

 相手に合わせる傘。

 彼女を濡らさないように、

 傘を傾け、

 歩幅を合わせ、

 会話を交わす。


 あいにくの雨でも、

 定刻通りの電車。

 ただ、いつもと違うのは、

 彼女との距離。

 乗合ってるのでなく、

 相合っている。

 同じ手すりにつかまって、

 一つ屋根の下、

 会話を続けた。

「じゃあ、このストラップのお陰で、

 お姉さんは結婚したの?」

「いえいえそれが、

 義兄さんに聞いてみると、

 そんな話は知らないと。

 嘘、だったんですよ」

「えっ、ええ、今までの話全部嘘なの?」

 そんなロマンティックな話なんてない、

「そもそも、うちの姉は、

 赤い糸を投げ縄にして、

 男をとっ捕まえるタイプですよ」

「そっか、ちょっと残念」

「僕も運命なんか信じないタイプです」

「私はちょっと、信じてもいいかなって、

 思ってたりするんだけど。

 素敵な話だと思ったんだけどなー」

「人の言うことなんて、

 信用しない方がいいですよ」

 素敵な時間は終わりを告げる。

「じゃあ、僕は次の駅なんで、」

「えっ、そうなの?」

「雨宮さん、歩きでしたっけ?」

「えっ、うん」

「じゃあ、この傘使ってください」

「でっ、でも、春野くん。そんな、悪いし」

「僕は駅から自転車なんで、

 レインコートあるんで大丈夫ですよ」

「本当に?」

「信用してください」

「わかった、うん、ありがとう」

 僕は彼女に、

 柄のところに、

 が結んである、

 を渡した。

 自動扉が開く。

 雨音は依然強い。

 僕はいつものように、

 彼女を乗せて走る、

 電車を見送った。

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トラップストラップ あめはしつつじ @amehashi_224

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