〈気になる人⑥〉

「っ」

 とっさに身を隠した。

「雅文、今度勉強教えてよ」

「え? まあいいけど」

 仲睦まじげなその会話を、引き返した女子トイレの中で聞く。周囲の女子達は、一度は出ていったあたしが戻ってきて不思議そうにしていたが、構わずその場に立ち止まった。

 しばらくしてから廊下へと出て、階段を下りていく二人の背中を見送る。

「………」

 彼と彼の幼馴染。

 その距離は縮まっているような、変わっていないような。

 とは言えあたしには関係ない事だ。


 高校生活は何事もなく始まった。

 新たな環境で、新たな友人が出来、新たな選択肢が待っている。

 あたしは、普通の高校生だろう。別に目立つ素質もなく、よく話すクラスメイトも見つかった。勉強はそこそこにして、家では昔から好きなゲームをこなす。

 幸いに、彼とはクラスが別だった。同じ学校内では、共通の何らかに所属していないと関わりを持つ事も少ない。だから、あたしの存在にも気づかれていないだろう。

 だけどあたしはつい彼を眺めてしまう。

 彼の現状を知ろうとしてしまう。

 彼は少し調子を取り戻したみたいだった。

 中学卒業の時は酷く落ち込んでいたみたいだけれど、幼馴染の彼女が心の拠り所になったのか、新しい生活に慣れたのか、遠目でも笑顔を見る事が出来た。

 このまま、幸せになってくれるといいな。

 そんな事を恥ずかし気もなく思う。でもまあ、胸の内だけでならいいだろう。

 彼にあたしは必要ない。この患いも、もう捨てていいのだ。



 その小さな決別は塗り潰され。

 大宮希李は、再び彼を目にする。

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