〈気になる人⑤〉

 あたしは後悔をした。

 その日、その教室を訪れた事を。

 その日、卒業を喜んだ事を。

「………」

 視線の先には彼がいる。

 あたしがいつも眺めていた彼。でも今日だけは、最後なんだから近付いてしまおうと思ったのだけれど、足は教室に入る手前で止まった。

 喜びを分かち合い別れを惜しむ生徒達の中で、彼だけは一人暗い表情で早々に帰ろうとしている。まるで教室中の影を全て背負わされているような姿だった。

 そんな彼に、一人の女子生徒が歩み寄る。

 それは彼が好意を寄せる幼馴染。

 会話は聞こえない。その空間は二人だけの物。

 立ち去ろうとした彼に顔を近づけた彼女は、そっとその項垂れる頭を撫でた。

 あたしは、その瞬間理解したのだ。

 あたしの手は彼まで届かない。ずっと眺めていただけなのだから当然だ。

 そして、彼女の手は彼に届く。始めから分かっていたはずの事。

 気付けばその場を去っていた。

 廊下を走ったつもりはなかったのに、あっという間に自分のクラスへと帰っていて、級友達から「どこ行ってたの?」と声をかけられる。

 どうやら写真を撮りたかったらしい。あたしは適当に誤魔化して、皆の要望を引き受けていった。

 先生にカメラマンを頼んで、友達と肩を並べた時、ふとその子があたしの顔を覗き込む。

「大宮さん、なんか暗い?」

「え?」

 あたしが驚いて振り向くと、その子はニパッと笑って見せる。

「やっぱ卒業だし悲しーよねー! 寂しくなったらいつでも連絡していいからね!」

「う、うん……」

 的外れに感情を指摘され、なんだかその子との距離を感じた。

 それからも、友人達の感動を共有出来ず、あたしは上の空でい続けた。暗いと言われた自分の顔を思い浮かべて、酷く恥ずかしくなっていた。

 それ以上の事は考えていない。

 終わったとか諦めたとか、別にそう言うのじゃない。

 ただあたしはその日、決めたのだ。

 あたしを弱くした彼とは、もう関わらないと。

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