【11話】‐3/99‐
連休を前にした夜。
食卓にて雅文が投げた問いに返ってきた答えは、彼にとって期待外れのものだった。
「連休中、雅文に出来る事はないでしょう」
明日から5日間の休み。学校での活動が出来ないため、雅文は何か策を授かろうとしたのだが、神の使いは応えてくれなかった。
「でもっ、人の目がある場所でやればいいんだろっ? なら人が集まる場所で殺されるとかすればっ」
「教室内と言う、既に印象が固まっている空間だからこそ、自殺であっても村松美桜が関与しているという憶測を生ませる事が可能なのですよ。もっと明確に、彼女の手で殺される事が出来るなら別ですが、それは今のままでは無理でしょう」
結論は変わらないとユーリに告げられ、雅文は項垂れてしまう。
昨日も結局、無駄に1日を使っている。殺される事が出来なかったのだ。その上、未だに幼馴染に対しての感情に折り合いがついていなかった。
このままでは間違いなく、運命の日までに間に合わないだろう。何か画期的な作戦か、雅文自身の意識改革が起こらなければどうしようもない。
そんな不安を雅文が渦巻かせている事はさすがのユーリにも分かったようで、慰めのような言葉を与えてきた。
「まあ最初の内は成果を出せなくとも仕方がないですよ。それに、私が手伝える時間もあまりありませんし、実行するにしても準備が不足してしまうでしょう」
「何か、用事があるの?」
「はい。陽未と楓に誘われていまして」
明示された名前を雅文は知らなかったが、女子らしい二人ならば、ユーリがいつもつるんでいる友人だろうとはすぐに察せた。
「……そっ、か」
休日の予定を埋め、人間らしさを得ていっているその同居人に、雅文はどうにか相槌だけに留めた。
神の使いの食事は、以前とは変わって湯気が立っている。相変わらずコンビニ弁当ではあるもののインスタント味噌汁も添えられていた。
それに口調もどこか和らいでいて。
その変化はまるで、雅文と相反していくようだった。
「………」
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでもないよ」
雅文はなんでかユーリの事を見つめてしまっていて、それを不思議に思われ首を傾げられる。否定した雅文だが、嘘を吐いたのは明白だ。
……些細な事が憎らしい。
心の腐食を自覚して、もうその少女を視界に入れないよう、雅文は席を立って自室へと引きこもる。
彼の今日の食事は、野菜ジュース1本だけだった。
雅文は連休中からアルバイトを始める事にした。
1度目の高校1年生の時と同じ場所だ。個人経営の喫茶店で、マスターが父の知り合いで勝手が利くからとお世話になっていた。
店長とは仕事以外の話はほとんどしなかったし、一応同僚のような人物はいるが、あまり関わりはない。それに、高校の生徒がほとんど来る事のない立地でもあり、今回でも都合が良いだろうと決断した。
入学する前から店には話が行っていて、雅文から連絡すれば、ゴールデンウィークだからと言うのもあり、その日の内から働かせてもらえた。
それでも、何も出来ない5日間は長かった。
◆◇◆◇◆
雉尾大介は、加納雅文の住むアパートの部屋の前に立っていた。
呼び鈴を押してしばらく。まるで反応はない。数分そうしているが、室内に人の気配も感じられなかった。
「出かけてんのか……」
それは偶然かはたまた自分を避けてか。少なくとも、今日家を訪ねるとは本人には伝えていないのだから、出会えなくても文句は言えない。
しびれを切らした雉尾は鞄の中から適当な紙を取り出して、余白のある部分を千切り取った。
『何かあったんなら話聞く。連絡くれ。雉尾』
ボールペンでそう書いて、置手紙にする。ポストに入れるよりも目立つようにと、閉じている扉の隙間に挟み込んだ。帰ってくれば嫌でもその文面が目に入るはずだ。
距離を取り、自分でもその文章を読んでみて、そうして雉尾はその場を去った。
自分を頼らない友人に悪態をつきながら。
◆◇◆◇◆
「悠里ちゃんが恋愛モノにハマるの意外だったよねー」
頭の上で団子を二つ作っている小柄な少女——
「私は恋愛系好きじゃないんだけど、どこが良かったん?」
その問いかけに、二人の友人であるユーリはにこやかに答える。
「人間の表情が次々と変化していく様が面白かったです」
「ええ……? 何その理由?」
嘘偽りのない真面目な回答に、だが陽未はいまいち理解出来ずに困惑の表情を見せた。
彼女ら3人は帰路の途中だった。事前に約束して正午過ぎに集まり、映画鑑賞の後、更なる恋物語を求めて漫画喫茶で過ごした。店を出た時にはすっかり空が夕方色に染まっていて、今は駅へと向かっている。
「と言うかそれなら、パニックホラーも見てみなって。よく叫ぶしよく泣くし、見てる方は笑えるからさ。それに、たまにエロもあるしねっ」
「そ、そんなのオススメしないでっ! 悠里ちゃんは私と一緒に少女漫画読むんだから! ね!?」
せっかく新しく出来た友人が毒されると危惧した陽未は、声を上げて布教を阻止する。対して楓は構わずお気に入りの映画を羅列していった。
二人は中学時代からの仲らしいのに、趣味はどうも合わないらしい。それでも一緒にいられる事実に興味を持ちながら、ユーリは二人との会話に相槌を打った。
そうしてしばらくすると駅に着く。
「駅、ついちゃったね」
どこか名残惜しく陽未は言って、電車の発車時刻を確認する。ユーリだけが下りの電車で他二人は上りだから、今日の集まりはここで解散だ。
「それじゃ悠里。また」
「またね、悠里ちゃん」
「ええ、また」
別れの挨拶に手を振られ、真似をするようにユーリも片手を上げた。二人の背中は、すぐに階段を下りて見えなくなる。
ユーリもホームへ階段で降りていくと、丁度目的の電車が停車したところでそのまま乗り込んだ。
地方の街とはいえ、帰宅時間もあってか人は多い。その数は知識としては知っているが、目の前にすると数字以上の感覚を覚えた。
そんな中、銀色の髪で容姿端麗なユーリは明らかに浮いているが、その外見に注目する人間はいない。人間世界に溶け込む認識が、すっかり彼女の体を包んでいた。
十数分して電車を降り、登下校で慣れた道を歩いていく。
アパートに到着し、加納家の住む302号室を目指していると、玄関扉を目前にした所でふとユーリは足を止めた。
「………」
玄関扉の隙間。奇妙な紙切れが挟まっていて、そこに文字が書き連ねてある。
『何かあったんなら話聞く。連絡くれ。雉尾』
文末に記された名前から家主の友人を思い出し、どうやら彼が心配して訪ねてきたようだと事情を知る。
しかし雅文は朝からアルバイトで家にいない。帰りは遅くなると聞いているから、まず間違いなく、この文章を目にもしていないだろう。
そう理解するとユーリは、雉尾からの置手紙を抜き取り、そして小さく丸めた。
手の平に閉じ込めた紙屑を握ったまま玄関を上がり、それからゴミ袋の中へと捨てる。
小さくなったゴミは、スルスルと隙間を縫って下へと落ちていった。それが拾い上げられる事は当然、ありはしなかった。
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