〈思い出⑤〉
美桜は人気者だ。
それは、歳を経るごとに顕著になっていて。
誰にも隔てなく優しく、スポーツが出来て頭も良い。加えて容姿も優れたそんな女子生徒がクラスにいたなら、中学生男子なら目で追って仕方ない。
その中にはもちろん、勇敢な生徒もいて。
放課後の空き教室。たまたま委員会の仕事のために通りがかったところで、俺はその現場を目撃してしまう。
「好きです! 付き合って下さいッ!」
思わず扉の影に隠れ、飾り気のない告白を聞く。
その男子の声に覚えはなかったから、きっと他クラスの生徒だろう。好奇心に負けてチラリと教室内を覗き見れば、彼は俺よりも背が高かった。
そしてその正面にいるのは、俺の幼馴染。
「え、えっと、気持ちは嬉しいんだけど……」
美桜は言葉を濁し、視線を逃し。
するとその態度で相手は察したようで、「そっか……」と諦めた声を漏らしてすぐさま去っていった。
逃げていく人を反射的に追いかけようとして、それが間違った行為だと思い改め美桜は足を止める。それからすぐ空き教室を出てくると、その出口、扉の影に隠れていた俺とバッタリ視線が合った。
「……見てた?」
気まずい表情を浮かべながら事実確認をされ、嘘を吐く理由もないから正直に答える。
「……見てた」
立ち上がり目線を合わせる。さっきの男子よりも俺の背は低く、美桜にすら勝てていない。
「相変わらず、美桜はモテるね」
何も話さないのも居心地が悪いからと褒め言葉を投げるが、美桜は嬉しそうにはしなかった。
「モテてるの、かな……」
「前も告白されてたって、風の噂で聞いたし」
「……あんま、恋愛とか分かんないから困るだけだけど」
その言いぶりだと受け入れた事はないのだろう。それに対する感情を、今は浮かべるべきではないと俺は当たり障りなく会話を続ける。
「でも、そんだけ好きになってくれる人がいたら、美桜が好きになる人も向こうから現れてくれるかもね」
「……そうかな」
美桜の顔はやはり曇ったまま。告白を断り、他人を傷つけてしまったと思い悩んでいる。
そんな表情を見る事なんて今までにほとんどなかった。彼女はいつだって、笑顔ばかりだったから。
「ま、まあ、さっきの人だってきっと、別に運命の人が見つかるよ」
俺は下手な慰めをしてみるもそれ以上の言葉は浮かばず、結局委員会を理由にその場から離れた。
そして、彼女がいないところで彼女を想う。
美桜は、本当に人気者だ。
このままでは自分ではない誰かと恋仲になっているかもしれない。
それは嫌だ。でも俺は、告白出来ない。
だって、まだ並び立てていない。
彼女に相応しいと思えない。
せめて貰った分、何かを返さなければ俺は進めないだろう。
それは、言い訳なのかもしれない。
幼馴染と言う立場を、終わらせたくないだけの。
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