〈思い出①〉

 物心がついて、少ししたぐらいの記憶だ。


「なにしてるの?」

 自宅の畑で土を掘り返していると、突然隣に女の子がやってきた。

 目の前に夢中だった俺は、視線を返す事もなく答える。

「オケラさがしてる」

 そう言って、握っていた右手を開いて見せると、女の子はぎょっと体をのけ反らせた。

「む、むしっ?」

「オケラだよ」

 手の平に捕らえられていた小さな虫は、解放されたと分かるとすぐに逃げ出そうとして、俺はそれに気づき急いでまた閉じ込める。

 この時の俺は生き物全般に興味を持っていた。特に虫は手近に多くいるものだから、気に入った種があればいくらあっても困らないと採集を繰り返していたのだ。

 しかし女の子には、6本の足を格好良いとは思えないようだった。

「わたし、むしにがてー」

「なんで?」

「きもちわるいじゃん」

 その言い分に理解出来ないとそこで初めて彼女を見つめる。

 何度か見た事のある子だった。近くに住んでいるのだけは知っていて、話した事はない。確か保育園も一緒だ。

 視線があってキョトンとするその子は、俺がまた右手を開けば顔をしかめて。

 そうなる理由はちゃんと見ていないからだと、俺はよく見えるように目の前まで持って行ってあげた。

「きもちわるくないよ?」

「やっ!?」

 突然迫った虫に、女の子は思わず手ではたく。直前で右手を閉じた事で宝物を落とさずに済んだ俺は、諦めずに彼女へと強要した。

「ちゃんとみてよっ!」

「やだー!」

 ついに彼女は逃げ出し。そうしたら俺は自分の好きを知ってもらいたくて必死になる。

 けれど、子供の執着と言うのはすぐに途切れてしまうものだ。

 いつの間にか俺の手の平は空っぽになっていて。女の子の顔も楽しそうな笑顔に変わっている。

 気づけば発端も忘れ、単なる追いかけっこになっていた。女の子をタッチすれば今度はこちらが追い回される番。飽きる事なく続けている内に、日が暮れ始めていた。

 終わりの合図はお互いの親が呼ぶ声。

 泥だらけの姿を叱られながら、僅か数m離れた玄関先で「またね」と手を振り合った。


 それが、村松美桜と幼馴染になった日の記憶だ。

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