慰み者は歌い手とたがる

黒神

エピローグ ありがとう、お父さん

 大人がろくでもないことを、普通はある程度大人になってから学ぶ。小鳩は十歳で学んだ。


 硬く、冷たい床に顔を付けながら、スマホから流れるバンド演奏を聞いていた。思い切り蹴り上げられると人は浮くんだなと思いながら、グラスを片手に寝こける父を見た。顔に傷が残らないよう気を付けて暴力をふるう父だが、耳元で鳴らす大きな音には無神経だった。


 体が動かない。お腹を庇った腕が時折痛みを思い出したように痙攣けいれんする。沸き上がった血液の味が口に広がり飲み込めない。黒い血液の味が苦くて飲み込めない。

 

 吐き出したい、駄目だ、また蹴られる。


 ゆっくりと流し込むまでに、どれほどの時間が掛かっただろう。薄れゆく意識の中、べったりと舌に張り付く血を飲み下し、動かせない視界に映る父の寝姿をじっと見ていた。


 人がろくでもないことを、普通はある程度大人になってから学ぶ。小鳩は十歳で学んだ。ありがとう、お父さん。

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