第41話 トゥール生活ラストスパート

 さて、移動先の住所も決まったし、のんびり残りの学生生活を頑張るか…と思っていた。十二月は町もノエル(クリスマス)が近づいていて、ちょっとした飾り付けも見られる。


 タイ人は基本、お金持ちかエリートしか留学できない。一般人OLが留学とかあり得ないのだった。だからなのか、仲がいいと思っていた人が足を引っ張ったりして、色々と問題があったようだった。私は全く関係なく、ただ仲のよかったスパカーニャから話を聞いただけで、「あの人でしょ?」と言ったら、「なんで分かるの?」と言われた。

 伊達に二十八年生きていない。いろんな人を見てきたから、なんとなく分かるのだ。第一印象というのはかなり当てになる。

 理屈ではない。その足を引っ張っていた人は明るく振る舞ってはいたが、どこか卑屈さも感じているように見えた。彼はお金持ちの子息で、留学していたが、足を引っ張られたのはエリート男性だった。自分の持っていないものを妬んだのかもしれない。私は同じクラスではなかったけれど、彼とは顔見知りであったから、出会い頭に「大丈夫?」と聞いた。

 どうやら仕事先にも影響を与えるようなことをしていたらしい。

「うん。平気だよ」と何もかも飲み込んだような顔で言った。

 あぁ、そういうところがあの人が勝てないところで、苛立ちを誘ったんだろうな、と思った。人間としても男としても別の位置にいた。

 私が心配したところで何もできないので、彼が言う「平気だよ」という言葉を「分かった」と言うしかなかった。

 その後、どうなったのか…トゥールから離れた私は知らない。


 妻子持ちの韓国人男性が日本人女性に告白したとか、クラスメイトでも色々ごちゃごちゃして、私は潮時だなぁ…と思った。クラスとして仲良くなったのはいいけれど、色恋で関係が濃くなるのは面倒臭いと感じていた。


 アメリカ人で神父さんの奥さんとしてきていた穏やかなジュディが「息子が事故を起こした」と言って学校を休むことになった。彼女はアメリカ人の中で良識人で私にも温かい言葉をかけてくれていた。

「大丈夫よ、きっと大丈夫」といつもそう言ってくれていた。

 私は彼女に同じように言ってあげたかったが、私の力量では言えなかった。

「大丈夫?」としか言えなかった。

 きっと大丈夫ではないのに。でも私の気持ちを汲んで「大丈夫よ」と私が言いたかった言葉を彼女が言ってくれた。

 そう言うわけでジュディとは早めにお別れたした気がする。


 日本人の男性で企業からの留学をしている人もいた。その人はずっと勉強をしていた。殆ど一日中勉強ばかりしていた。

「やっぱり会社からお金もらってるから」と真面目に言っていた。

 その人を好きな日本人女性もいて、私が少し用事で話していると、軽く睨まれた。そんなこともあって、私はもうここから出たくて仕方がなかった。


 ホームステイ先も自分勝手な人ばかりだし、学校も面倒くさい人間関係になっている。本当にいい時期にパリに移ることにして私はよかったな、と思った。


 次の学校はパリの日本人経営の語学学校に二週間だけお世話になると決めていた。滞在許可書をとるために空白の期間を作りたくないために申し込んでいた。そこから電話がかかって来て、先にクラス分けテストをトゥールでやって郵送していた。

「あなた、良くできてるけど…」と日本人の校長から電話がかかってきた。

(良くできてる?)

「現在、トゥールで語学学校に五ヶ月通っています」と言うと、フランス語の会話になった。

 日本人の校長のフランス語はとても綺麗で流暢だった。でもそんなに難しいことを言われてなかったので、私はフランス語で返事ができた。

 紙のテストは誰かにやってもらったのだろう、と疑われていたようだったが、会話をして「あ、それくらいできるか」と納得してくれた。

 とは言え…、そんなに難しいフランス語ができるわけはない。フランス語にも知性を感じさせる文章とか文法があるのだ。(それは少しも理解できなかったが)

 日常会話、簡単な初級文法、活用ができる程度なのにテストがよくできていると評価された。きっと初心者が多い学校なんだろうな、と思った。

 

 トゥールの語学学校だけはやはりよかったと言わざるを得なかった。トゥール大学付属なので、フランス語を外国人に教える資格を持っている先生なので、日本のフランス人だからフランス語を教えています、という先生とは全然スキルが違っていた。そして日曜も映画くらいしか娯楽がないので、語学スキルが上がりやすい。パリで語学学校をスタートしたら、多分上達も難しかったかもしれない、と今は思う。


 でも長くいる場所ではなかった。

 トゥールが大好きで、もうここから離れたくない、とそんな留学生活ではなく、次へさっさと移りたいと言うのが本音だった。残念ながら、というか幸運だと言うべきなのか分からない。もう残りの日数は消化試合だった。


 その中で唯一楽しいメキシコ人のスティメイトが先に帰国することになった。二人の部屋は激しく散らかっている。

「帰国まで…片付くかな」と日本人の私は心配していた。


 メキシコ人はラストの日数でいろんなところに旅行に出かけるので、ホームステイ先に宿泊費を割引して欲しいと言ったようだが、それをなぜか私に「おかしいと思わない?」と聞いてくるマダム。

 正直、知らんがな。

「えーっとわかんないな」とフランス語が分からないふりをした。

 そしたら、渾身丁寧に「だーかーらー」とゆっくり話してくれた。

 もう三十分も私の部屋に来て、宿題の妨害をして「メキシコ人がお金を値切るからおかしいと思うよね?」を繰り返す。

 最初は「どっちもどっち」っていう気持ちだったが、だんだん「それを私に話してるあんたがおかしい」と言う気持ちで溢れるが、私も弱い人間で、長い物には巻かれてしまった。

「ウィ」

 すると満足したように去っていった。

(なんだったんだろ)

 私がトゥールに辟易とした理由が積もっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る