第21話 ボルドー

 トゥールから二時間くらいだったと思うけど、ボルドーに行ける。ワインの産地ボルドーに行ってみたくて、一人でホテルを取って、行った。


 季節は晩秋で、ボルドーの街はトゥールより大きく、観光客に対して英語を喋る人が多かった。


 観光案内所でワインツアーを申し込む。その場で時間と集合場所を教えてくれる。

「今日は白ワインのツアーだけどいい?」と言われた。

 日によって、赤ワイン、白ワインという変わるという。私はどっちでもいいので、頷いて、参加することにした。費用を払って、集合場所に行くとバスが来て、ボルドーにあるワインメーカーを巡ってくれる。その時のツアー代はそんなに高くなかった気がする。色々教えてくれるが、何よりのお楽しみは試飲だ。お土産も買えるし、試飲もできる。

 ボルドーといえば赤ワインが有名だが、今日は白ワインなので、なんの知識も期待もないまま飲んだ。黄金色の液体は口の中に入った瞬間、フルーツのブドウを食べたような香りと味がする。

「え?」と思った瞬間にワインに変わった。

 甘いワインでとっても美味しかった。だから私は今でもボルドーの白ワインは大好きだ。


 ボルドーは石畳の街で、どこを歩いても絵になる。どこからかバイオリンの音がした。角を曲がると、東洋人(日本人かもしれないが分からない)の男性が一人で演奏していた。でもどこで寝泊まりしているのだろうというような身なりで、それに似合わず器用に演奏していた。そして通りすがりの人たちがお金を払っていく。

 バイオリンを演奏しながら旅をしているのかもしれない。話かける勇気もなく、しばらくして立ち去った。ずっとボルドーにいるのか、たまたまボルドーにいたのか分からないけれど、彼の孤独な姿が心に残った。今と違って、スマホの無い時代だ。携帯はあったがガラケーで、日本語は打てなかった。友達とのやりとりはローマ字でのメッセージ。(のだめカンタービレのパリ時代とほぼ同じ)

 多分、彼は誰とも繋がっていなかったんじゃないかと思う。


 私は自分が何か持っているのか、持っていないのか、分からないまま外国にいた。彼はバイオリンの演奏でその日暮らしをしている。

 私にはその日暮らしをできるものがなかった。フランスにいても、今を、未来を考える。そう、次はパリに行く予定だから、そろそろパリでの住所を探さなければいけない。


 今もかもしれないが、当時、パリは住宅の空きがなく、外国人だから、フランス人だからというわけではなく、フランス人の学生でも部屋を探すことは困難だった。


 ボルドーはずっと一人だったから、ずっと自分と会話していた。


 結局、ボルドーは二回行って、二回目は環がノルマンディーから来て、二人で賑やかに旅行した。ワインツアーにも参加して、お土産のワインを買って、二人で飲もうとしたら、栓が開かなくて、四苦八苦しているうちにコルクが粉々になり、ワインに落ちて…笑いながら飲んだことは楽しい思い出だ。 


 友達との旅は楽しくて、一人旅は淋しい。淋しいけど、ずっと私は自分と対話していた。だからか、ボルドーの思い出は少し淋しくて、深い記憶になっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る