第149話 アヴィー先生は顔パス

「ぶもぉ」

「しょっかぁ」


 ヒポポが残念そうにハルに話している。これは、きっとあれだろう。


「また、じゅっとまえに来たって」

「そうか、ずっと前なのか」

「長老、また数百年くらい前だろうって事か?」

「そうだろうな。精霊獣の言うずっと前がどの程度前なのか分からんが」

「確かにな」


 一体精霊女王はどこにいるのだろう? この国の精霊樹はもうこの層にはないという。

 なら、残るは城しかない。


「これは、参ったな」

「じーちゃん、ちゅぎはこの層にはねーじょ」

「ああ、そうだな」


 これは困ったものだ。いくらなんでも、はいじゃあ城に行こうとはならない。

 いや、以前いきなり城の中にある大公の執務室に、転移で乗り込んだのはここにいる長老だが。


「よし! ちゅぎいくじょ!」

「行くなのれす!」

「ぶもッ!」


 ハルちゃんチームは何故かやる気だ。いつも、こんな時は張り切っている。

 意味が分かっているのだろうか?


「おりぇ、この国のお城に行ったことねーかりゃな」

「ないなのれす」

「ぶも」


 おや? 次は城だと分かっているぞ。


「えりゅひゅーりぇとちがうか見てみてー」

「見たいなのれす」

「ぶも」


 おやおや、これは見たいだけらしいぞ。

 ハル、分かっているか? 城というのはそう簡単に『はい、どうぞ』とは入れてくれないのだぞ。

 エルヒューレ皇国とは違うのだ。


「ハル、そう簡単にはいかん」

「え、らって城だじょ」

「城に簡単に入れる訳ねーだろう?」

「らってりひと、おりぇはふぃーれんかと、おともらちらじょ」

「ハル、フィーリス殿下はエルヒューレの皇子じゃねーか」

「うん、わかってりゅじょ」

「ここはアンスティノス大公国だぞ」

「しってりゅじょ」

「フィーリス殿下は関係ねーだろう」

「しょうか?」

「そうだよ」

「なんら、じゃあ入りぇねーのか?」

「どうだろうなぁ」


 さて、本当にどうだろう?


「いやいや、何を仰っているのですか。私が手配致しましょう」


 そうだった。この邸はこの国の宰相殿の屋敷だ。これ以上の伝手といえば、もう大公くらいしかいないだろうというくらいに協力な伝手ではないか。


「その代わりといっては何なのですが、また立ち会わせて頂けないでしょうか?」

「あら、そんな事でいいの?」

「はい、それはもう。この様な光景をまた見る事が出来るのでしたら!」


 余程、感動したのだろう。今までは、その名さえ知らなかった精霊樹や精霊獣。その存在を目の前にして、きっと今までの価値観や常識といったものがひっくり返る程の事だったのだろう。


「ばーちゃんはしりゃねーのか?」

「ハルちゃん、何をかしら?」

「しょの、なんらっけ? たいこー?」

「大公様ね、知っているわよ。よくお話しするわよ」


 おや? なら、態々宰相殿に頼まなくてもアヴィー先生の力で何とかなったのではないか?


「そうね、普通に入れると思うわよ。だって、私は顔パスですもの」

「アヴィー……」

「なあに、長老」

「アヴィーは一体何をしているんだ。他国の城に顔パス等と」

「あら、長老に言われたくないわ。長老だって、きっと顔パスよ」


 え? そうなのか?


「いや、もしもそうだとしてもだ」

「いいじゃない。大丈夫なんだから」


 これは、気持ちの問題というか、けじめという事なのかも知れない。

 確かに、アヴィー先生が言うように長老も顔が広い。エルフの長老と言えば顔パスなのかも知れない。実際に何度も城へはお邪魔していたりする。

 だが、長老は他国の城なのだからと、けじめをつけているのだろう。アヴィー先生はそうではないらしい。


「だってぇ、毎日毎日例の協定の事で呼び出されるのよ。そんなのこっちの身にもなって欲しいわよ。私だってハルちゃんと一緒にいたいものぉ」

「ばーちゃん、おりぇもらじょ」

「ハルちゃーん!」


 どうやら、ハルと一緒に旅が出来ないからと拗ねているらしいぞ。

 アヴィー先生も、ハルちゃんのファンクラブ会員だから仕方ない。


「ばーちゃん、城に入りぇんのか?」

「ええ、入れるわよ。私だけじゃなくて宰相のお墨付きですもの。全然大丈夫よ」

「よしッ! ちゅぎいくじょ!」

「行くなのれす!」

「ぶもッ!」


 はいはい、ハルちゃんご一行の出発と言ったところか。


「あぶー」

「ありゅ、またな。また、会いにくりゅかりゃな」

「あう」

「元気におっきくなりゅんらじょ」

「あうー!」


 ハルは前世で3歳年下の弟がいた。まともな交流もできずにこっちの世界に来た。

 もしも、母親があの様な人でなかったら? ハルに対して、違う接し方をしてくれていれば?

 もしかしたら、前世の弟もハルは可愛がっていたかも知れない。

 ハルに対する母親の態度が、確実に兄弟の間に亀裂を生んでいた。

 今日初めて会ったアルセーニくんに対して、こんなにハルから歩み寄るのだ。元々面倒見の良い方なのだろう。

 いつもはハルが一番ちびっ子なので、面倒を見てもらう方だ。

 なにしろ、今のハルは3歳のちびっ子なのだから。


「じーちゃん、いくじょー」

「アハハハ、分かった分かった」


 長老もハルには逆らえないらしい。


 ――グギュルルルルー


「え……今のお腹の凄い音シュシュやんな?」

「やだわ、カエデ。こういう時は、気付かない振りをするものなのよぅ。レディーに失礼じゃないのぉ」


 誰がレディーだ。


「しょうら、腹へったじょ」

「おや、お昼はまだだったのですか?」

「そうだったわね。朝早くに宿を出て、そのままここに来たの」

「アヴィー先生、早く仰ってください。どうぞ、簡単なものしかご用意できませんが、食べていってください」

「なんだか悪いわね」


 アヴィー先生でも、悪いと思うのだな。

 さあ、次は城だと思ったのに、シュシュのお腹の音でお昼をご馳走になる事になった。

 シュシュはいつも、なんだか締まらない。

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