第140話 魔力過多症

 目的の邸宅の前にやって来た一行。いきなり目前にエルフ族の一行が現れて、こちらを見ているものだから門兵は戸惑っている。

 おや? 少し顔が赤くないか? ミーレか? ミーレを見て赤くなっているのか?


「あ、あの。御用でしょうか?」

「ああ、そうなんだが」

「お約束はされているでしょうか?」

「それがないのだ」

「お約束はしていないの。でもね、アヴィーが訪ねて来たと伝えてもらえないかしら?」

「あ、あ、アヴィー先生でいらっしゃいますか!?」

「そうよ、お願いできるかしら?」

「お、お待ちください! 直ぐに伝えて参ります!」


 そう言って、門兵は邸へと走って行った。


「ばーちゃん、有名人らな」

「アヴィー、今度は何をやらかしたんだ?」

「まあ、長老。失礼だわ。何もしていないわよ」

「アヴィー先生の、何もしていないは当てになんねーぞ」

「リヒト、あなたほんっと失礼だわ」


 リヒトはいつも一言多い。余計な事を言うからアヴィー先生に叱られるんだ。まるで、小さな子供みたいだぞ。


「りひとは、いけてねーな」

「ハル、なんだよ。俺は最高にイケてるだろうよ」

「ちげー。いけてねー」


 あらら、ちびっ子のハルにまで言われてしまった。

 そうこうしている内に、邸の中から執事服の男性が門兵と一緒にやって来た。

 黒い執事服を着熟し、濃い茶色の髪を一つに結んでいて眼鏡が似合っている。


「アヴィー先生、ようこそお越し下さいました!」

「あら、久しぶりね」


 久しぶりだと? アヴィー先生は面識があるらしい。


「とにかくどうぞ、中へお入りください」


 立派な邸宅の中の、これまた立派な部屋に通された一行。ハルはふっかふかなソファーにテンと座りキョトンとしている。足が下についていない。何がどうなっているのか? こうして好意的に迎えられたのは、確かにアヴィー先生のお陰なのだろうけども。


「実はね、何年か前にご子息を少しの間だけお預りした事があるのよ」

「子息をか? 預かったという事はそれだけ重篤だったのか?」

「重篤と言えばそうかしら。長老、魔力過多症だったのよ」

「魔力過多症……ヒューマン族でか? それは珍しい」

「そうなの。まだ10歳になったばかりだったかしら。高熱が出て下がらなくて、さっきの執事さんが私のところへ来られたのよ。それで、往診したの」

「なるほど、魔力過多症なら何日か預からないといかんな」

「そうなの。とても聞き分けの良い子だったわ。親と離れて寂しいでしょうに、そんな事一度も言わなかったの。ちゃんとお薬を飲んで、熱が下がったら私と魔力操作の練習をして。懸命に覚えようとしていたのを覚えているわ」


 『魔力過多症』まれに出る症状だ。特に魔力量の多い種族に現れる。だから、種族として魔力量の少ないヒューマン族には現れる事は滅多にない。だが、病という訳ではない。どちらかと言うと体質に近いものだろうか。

 体が対処できない程多い魔力を持つ者に症状が現れる。

 その症状が、先ずは高熱だ。その時に気付かないと悪化し、体全体が赤くなってくる。そして処理できない程の多すぎる魔力に侵されていくのだ。

 それは、痛くて苦しいものだという。それでも『魔力過多症』だと気付かないでいると、最終的には命を落としてしまう。

 ヒューマン族には馴染のない事だ。

 まさか、そんな事だとは思いつかないのだろう。それでも、高熱が下がらないからと心配してアヴィー先生を頼った。それが良かったんだ。

 ヒューマン族の医師や薬師には分からなかっただろう。

 魔力量の多いエルフ族という、アヴィー先生だからこそ気付けたんだ。

 ハルもちびっ子なのに魔力量は多い。だが、『魔力過多症』にはならない。何故なら……


「ハルちゃんみたいにね、魔力操作をちゃんと習得すれば大抵は大丈夫なのよ」

「おりぇも多いかりゃか?」

「そうね、ちびっ子なのに大人以上にあるわね」

「おー、知りゃなかったじょ」

「ハハハ、ハルにはリュミという良い先生が付いていただろう?」

「かーしゃまか。しょっか」

「母上か? そう言えば、邸でずっと一緒だったな」

「ん、かーしゃまにいりょいりょおしょわったじょ」

「それが良かったのだよ」

「しょっか」


 ハルがこの世界にやって来て直ぐの頃だ。リヒト達と一緒にエルヒューレ皇国にあるリヒトの実家に少しの間滞在した事がある。あの時は長老に会う事が目的だったのだが。

 その時、邸にいる間リヒトの母である、リュミ・シュテラリールから魔力操作だけでなく、魔法や調薬も教わった。

 長老に会ってからは、そこに長老も加わり体術も増えた。

 あの少しの間に、ハルはエルヒューレ皇国の最高峰とも言える二人に教わっていたんだ。


「ヒューマン族は総じて魔力量が少ない。生活魔法でさえ使えない者もいる。だから『魔力過多症』はヒューマン族には馴染のない症状だったろう」

「そうなのよ。エルフだったら魔力過多症なんかに、なる訳ない程度の魔力量だったのだけど、元々少ないヒューマン族にとってはかなり多かったのね。偶々私がいて良かったわ」

「確かにな」

「じゃあ、アヴィー先生はご子息の命の恩人って訳か」

「リヒト、大げさだわ」

「アヴィー、そんな事はないだろう。ヒューマン族の医師や薬師には分からんだろう」


 本当に大袈裟ではない。気付かないと最終的には命に関わる事なのだから。

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