第85話 アヴィー先生は有名人

 一行が隣領に入った。ここはヒューマンの領主が治めている領地だ。

 アヴィー先生が言うには……獣人の領地と同じ様に野菜を育てているが、何しろ規模が違うから目立たない。比べ物にもならないのだそうだ。


「たがらと言って、小麦をつくるにしても領地が狭いのよ。4層にある他の領地が小麦を大量に生産していたりするのよ」

「なるほど……」

「長老、領主様に挨拶しとくか?」

「そうだな」

「当たり前よ、リヒト。話を聞かなきゃ。領主もグルなのか確認しなきゃ」

「これ、アヴィー」


 またまた長老に注意されているアヴィー先生。アヴィー先生はストレート過ぎるんだ。


「隣領で病が流行っていたが、この領地は大丈夫なのかと聞いてみよう」

「えぇー、長老……」

「アヴィー、決めつけてはいかんと言っているだろう」

「分かったわよぅ」

「シュシュ、小さくなりなさい」

「えぇー、ミーレ……」

「だめよ。ほら早く」

「分かったわよぅ」


 シュシュが渋々小さくなる。アヴィー先生とシュシュは似てないか? 言っている事がそっくりではないか?

 コハルとヒポポもハルの亜空間に入って行った。

 ハルはリヒトの馬に乗っている。

 そろそろ空も夕焼けに染まる頃だ。西陽が一行の顔を照らしている。


「りゅしか、りゅしか」

「どうしました?」

「夕飯はどうしゅんら?」

「どうしましょうか? どこか宿を借りられると良いのですけどね」

「ルシカ、こんな小さな領地に宿屋なんてないわよ」

「アヴィー先生、そうですか?」

「そうよ。だから領主様に挨拶に行きましょう。泊めてもらえるかも知れないわ」

「そうだな」

「アヴィー先生、宿屋だとこの領地を過ぎた街にないッスか?」

「ああ、そうね。あそこならあるわ。イオス、よく知っているわねぇ」

「まあ、親父に鍛えられましたから」


 なるほど。イオスの父はロムス・ドレーキス。シュテラリール家の執事だ。

 ミーレやカエデに、紅茶の淹れ方を教えたのも実はロムスだ。

 そんな話をしながら進んでいると、人里が見えてきた。その奥に、大きな屋敷が見える。


「もう見えてきたわ。あのお屋敷が領主邸よ」

「なら、この辺りが領地の中心か?」

「そうなのよ。狭いでしょう?」

「これでは獣人の街に太刀打ちできんな」


 ヒューマンの領主が治める領地は縦に細長い。端から端まで馬なら半日もあれば行けるだろう。縦長の長い部分でも1日は掛からない。

 隣りの獣人領が、羨ましくなるのも理解できなくもない。広大な上に、農業が盛んだ。4層の一大産地になっている。が、領地は広ければ良いというものでもない筈だ。


「特色がねーんら」


 ハルの言う通りだ。何かアピールポイントがないと難しいだろう。しかし、必ずしも野菜を売らないといけない訳でもない。

 ハルが頻りに地面や畑を見ている。


「ハル、気になるか?」

「ん〜、まら分かりゃねーな」


 何やら考える事があるらしい。

 ハルちゃんはちびっ子になってしまっているし、普段の言動からは想像できないが実は前世では有名大学にストレートで合格している。学校が休みがちだったのにだ。

 この世界にはない知識を持っている。それに『精霊眼』だ。『精霊眼』で何か見ているのかも知れない。

 一行は真っ直ぐに領主邸を目指す。

 小さな町だ。その中央を何人ものエルフが行く。そりゃあ、目立つ。すれ違う人達が皆振り返り、立ち止まって見ている。

 その中から声が上がり出す。


 ――あ、アヴィー先生だ。

 ――本当、アヴィー先生だわ。


「アヴィー、有名人だな」

「だって同じ4層で店をしていたもの。何年居たかしら?」

「アハハハ、アヴィー先生。年数も分からないのかよ」

「大した事じゃないわよ」


 大した事ではないそうだ。アヴィー先生は、ニークを10歳から育てている。それまでにも何人も育て上げたと話していた。

 もしかして、100年近く居たのではないだろうか?


「ん〜、40〜50年かしら?」

「もっとだろう?」

「あら、長老。そうだったかしら?」


 長命種であるエルフの時間の感覚はちょっと独特だ。ヒューマンには想像もつかない。

 町の1番奥、古い大きな屋敷に着いた。獣人の領主邸とそう変わらない。が、敷地や屋敷の大きさは、こっちの方が一回りほど小さい。

 大きなな屋根の2階建てだろうか。四角い大き目の窓があり、レンガの様な鉱石で建てられた農家の屋敷だ。

 その屋敷を囲う様に塀があり、門が開けっ放しになっている。

 アヴィー先生が馬を降り、迷いもせずにスタスタと入って行く。

 そして、玄関をノックした。


「こんにちは〜、いらっしゃるかしら〜?」


 物怖じすると言う言葉は、アヴィー先生の辞書にはないらしい。


「長老、良いのかよ。入って行ったぞ」

「ああ、止めても無駄だろう。アヴィーに任せておけば良い」


 アヴィー先生が声を掛けると、屋敷の中から「はぁ〜い!」と、女性の返事が聞こえた。

 暫くして玄関のドアが開いた。


「お待たせしました! どちら様……て、アヴィー先生ですか!?」

「そうよ、私を知っているの?」

「もちろんです! 4層でアヴィー先生を知らない者なんていませんよ! どうされたのですか? あ、どうぞ入って下さい!」


 意外にも気さくな女性だった。

 アヴィー先生はやはり有名人だった。

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