第80話 無駄

「やはり、まだ病んでいる者がいるんだな」

「長老、もしかしたらこの領地全域かもな」

「ああ、そうかも知れんな」

「そうなると、ほんと質が悪いわね。許せないわ」

「これ、アヴィー。だから決めつけてはいかん」

「分かっているわ。でも9割決まりじゃない?」


 決めつけたら駄目だと何度も長老に言われているのに、アヴィー先生はまたまた決めつけている。

 まだ証拠が何もない。ただ、彷徨いていたというだけだ。


「でも長老、俺もそう思うぞ」

「リヒト、だがそんな目で見ればそうでない物もそう見えてしまうぞ」

「まあ、そうだけど」

「でもね、領地の大きさが違うから張り合っても無駄なのよ」

「確かにな」

「しょうら。なにか秀でたものを見つけりゅほうがいいんら」

「ハル、秀でたものか?」

「しょう。あぴーりゅできりゅもんら」


 ハルが言うのは最もだ。規模で太刀打ちできないのであれば、違う面で良さを出すしかない。


「味とから……野菜の量で勝てねーなりゃ、べちゅのもんにしたりゃいいんら」

「別の物か。難しいな」

「見てみねーと分かりゃねー」

「実際に領地をか?」

「しょうら」


 ハルさん、ちょっとお利口さんな事を言っている。

 しかし、ハルとコハルのちびっ子コンビは時々とんでもない知恵を出す時がある。要注意だ。


「ハル、花を見つけようと思うんだ」

「ん、じーちゃん」

「だからどうするんだ?」

「あ、わーりゅどまっぷか?」

「そうだな。ハルの苦手なワールドマップだ」


 とうとう、長老に『苦手』と言われてしまった。


「じーちゃん、苦手じゃねーじょ。分かんねーらけら」


 得意ではないな。


「とにかく見てみなさい」

「ん」


 ハルはまたお決まりのポーズだ。両手を胸にやり目を閉じる。

 そして……


「分かんねー」


 分からないのかよ! 思わずツッコミたくなる。


「アハハハ。ハル、ワールドマップに精霊眼を重ねているか?」

「あ、してねー」

「やってみなさい」

「ん」


 またまた、両手を胸にやり目を閉じる。


「分かんねー」

「そうか、まだ無理か?」

「広いのらけ分かりゅじょ」

「ああ、そうか。まだ行った事がない場所ばかりだからだな」

「ん」

「この先にまた少し高台があるんだ。そこがワシは怪しいと思うが」

「そうね、行ってみましょうよ」

「おう」


 長老の言った通り、高台に来てみるとやはりあった。

 他の草花に混じり、例のあの花が咲いていただろう形跡がある。花は散り、おばなとめしべだけになっているが、あの長い茎と細長い葉の形はそうだ。

 ここも同じ様に纏まって生えていた形跡がある。


「これも咲いた後だよな?」

「そうですよね」

「だめ、あたしのお鼻が……クシュン!」


 可愛らしいくしゃみをしているシュシュ。今は小さい子猫ちゃんの様になっているから、一応見た目も可愛らしい。


「長老、根を採っておいてね」

「分かっておるぞ」


 長老が手を翳す。花が散って葉と茎になったものが地面から浮き出る。そして、長老が手を動かすと根を残してスパッと切れた。

 長老が根っこだけ収納する。


「ハル、焼いておいてくれ」

「ちゃんと地面の中も焼くじょ」

「おう、賢いな」


 万が一、根っこが残っていたらまた来年生えてくるかも知れない。だから、ハルは念のため地面の中も焼くと言っているんだ。


「全部地面から抜いているから大丈夫だとは思うがな」

「念のためら」


 ハルが火を地面に放つ。生えていた場所を焼き尽くしていく。


「もうらいじょぶら」

「次は集落ね」

「直ぐそこにあったな」

「長老、そうだよ。丁度、風で花粉が運ばれる様な場所にな」

「もう、決まりじゃない」

「でも、アヴィー先生」

「イオス、なあに?」

「その花粉が原因だとしても、命に係わるものじゃないでしょう? それで、野菜の管理ができなくなって少しは収穫量が減ったとしても、それが続く訳じゃない。そんな事をして、どうなるというのでしょう?」

「ね、本当よね、理解できないわ」

「単純に嫉妬かも知れんな」

「まあ、嫌だわ」

「ね、本当よね」

「え、全然分からんわ。なんで嫉妬がそうなるねん」

「分からない方が良いわよ」

「えー、アヴィー先生。教えてにゃー」

「ふふふ」


 カエデはまだそんな気持ちが理解できないんだ。と、嫉妬なんて気持ちを持った事がないのだろう。

 つい最近まで奴隷紋を付けられ、考える事も自由意志も奪われていたのだから。

 なにより、カエデはまだ10歳だ。しっかりしているから忘れてしまいそうになる。


「これから色んな事を経験していけば分かるわよ」

「アヴィー先生、大人の発言やな」

「ふふふ、だって大人ですもの」


 そりゃそうだ。だってもう何歳なんだ。2000歳オーバーなのだぞ。


「ばーちゃん、おりぇは分かりゅじょ」

「まあ、ハルちゃん。そうなの?」

「妬みや嫉妬はらめら。じーちゃんにおしょわった」

「ほう、ハル。覚えているんだな。偉いぞ」

「ふふん」


 ハルちゃん、ちょっぴり自慢気だ。ぽっこりお腹を……いや、胸を張っている。


「ヒューマンて複雑よね。その点、エルフって大らかでいいわ~」

「あら、シュシュも分かるの?」

「当たり前じゃない。だってあたしは聖獣なのよ〜」


 関係あるのだろうか?


「関係ないなのれす」

「やだ! コハル先輩、聞いてたの!?」


 コハルがヒョコッと、お顔だけだして言った。


「シュシュはまだぴよぴよなのれす」

「ぶも」


 ヒポポまでお顔を出している。ホラーだ。何もない空間に子リスとカバさんのお顔が浮いている。

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