第48話 女の人

 ご機嫌に蝶々のお歌を歌い踊っていたハルが突然止まった。


「ハルちゃん、どうしたん?」

「かえれ、だりぇか倒りぇてね?」


 そう言ってハルは指をさす。短いプクプクとした人差し指だ。いや、そんな事はどうでもいい。

 ハルが指をさした方をカエデが見る。


「え? どこや?」

「あしょこら! いくじょッ!」


 そう言ってハルは走り出した。本人は、猛ダッシュしているつもりなのだろう。

 手足を大きく動かして、タッタッタッタと駆けて行く。しかし、ここは湿地帯。アンスティノスで1番の大きな湿地帯。もう先が目に見えている。


「うぉッ!」


 そうだ。湿地帯で足場の悪い場所を走っていたものだから、案の定ハルは足を取られて転びそうになった。


「おっと、そうなると思ったぜ」

「りひと、ありがちょ」


 こんな時はかっちょいいリヒト。湿地帯の地面に足を取られて、はるが顔面からスライディングするぞ、て時にリヒトがヒョイッと抱き上げた。

 最初からリヒトに抱っこしてもらえば良かったね。


「ハル、どこだ?」

「あしょこ、あの小っしゃい木のとこら」


 ハルが指をさす方、確かに低木がある。そこに誰かが倒れているらしい。


「え? 俺には見えねーぞ」

「行って! りひと、走って!」

「お、おう」


 リヒトがハルを抱っこして……いや小脇に抱えて走る。ハルが両手足でリヒトの身体にガシッとしがみ付いている。そんな生き物がいたぞ。コアラの様だ。

 

「ああ、ハルちゃん。あたしが乗せてあげるのにぃ!」


 白い奴が小さいままなのに煩いぞ。


「ミーレ、早く。走ってよ!」

「はいはい」


 ミーレに抱っこされているというのに、偉そうなシュシュだ。

 カエデや長老達もリヒトを追いかける。


「女の人ら」

「そうだな、どうしたんだろう?」


 ハルの目がゴールドに光った。久しぶりだ、ハルの精霊眼。リヒトの目もゴールドに光っている。


「これは……」

「腹へってんらな」

「だな」


 そこへやっと長老達がやってきた。長老の目も一瞬ゴールドに光った。


「ハル、よく見つけたな」

「じーちゃん、らってピンクが見えたんら」

「ほう、よく見えたもんだ」

「ふふん」


 何故か自慢気に胸を張るハル。まだリヒトに抱えられている。


「りひと、たしゅけてやって」

「しかしなぁ、腹減ってるだけだろう? ヒールも必要ないだろう」

「らっこしてやって」

「お、おう」

「リヒト様、俺がやります」


 と、イオスがそっと倒れている女の人を抱き起こす。ハルはやっとリヒトに下してもらい、女の人を覗き込む。

 大きなウェーブの掛かったブラウン色の長い髪の女性。ハルが言うように淡いピンクのスカートだ。こんな湿地帯で倒れているなんてどうしたんだ? 町娘にしては少々派手だ。しかも、ハルやリヒトが見る限りでは空腹だという。


「とにかく、もっと落ち着ける場所に移動するか」

「そうですね、よっと」


 イオスが女性を抱き上げお姫様抱っこで運んでいく。目を覚ます気配がない。


「長老、少し早いですけどどこかちゃんと地面のあるところでお昼にしますか?」

「そうだな、その女性も空腹らしいしな。ルシカ、頼めるか?」

「はい、もちろんですよ」


 どうやら昼食にするらしい。倒れていた女性にも食べさせてあげるつもりなのだろう。


「りゅしか、あんしゅいーりゅ食べたいじょ」

「買ってからですよ。持ってきていませんからね」

「しゃーねー」


 またルシカの側でしゃがみ込みじっとみているハル。お腹が空いたのか?


「ハル、また腹が鳴るんじゃないか?」

「いおしゅ、しょんなこちょねー」

「そうか?」


 と、言ってるそばから……キュルルルル~と、可愛らしい音がした。


「ほらみろ」

「しゃーねー」

「アハハハ」


 やっぱり、お腹が鳴ってしまった。


「ルシカ兄さん、手伝うわ」

「カエデ、じゃあスープを温めてください」

「はいな」


 カエデがスープの用意された鍋を火にかける側で、ルシカは手際よくサンドイッチを作っていく。


「りゅしか、うしゃぎか?」

「そうですよ、ハルは好きですね」

「ん、しゅき。らいしゅき」


 ハルの大好きなヒュージラビットの肉をソテーしてホットサンドイッチにするらしい。

 良い匂いがしてきた。ん? 倒れていた女の人のお鼻がヒクヒクしているぞ。


「……ん……いい匂い……」

「あ、おきた?」

「ん……? え?」

「おねーしゃん、らいじょぶか?」

「え? ここは?」

「ああ、目が覚めたか? ここはアンダー湖の湿地帯だ。倒れていたんだ。腹減っているんだろう?」

「え、ええ……やだ、超イケメン……え? 天使?」


 やっと気が付いたお姉さん。リヒトとハルをみてそう言った。超イケメンと天使らしい。

 まだ、意識がハッキリしていないのだろう。


「大丈夫か? まあ水を飲め」

「あ、有難う」


 イオスが水を渡すとちゃんと自分の手で受け取ってゴクゴクと飲んだ。大丈夫そうだ。


「やだ、またイケメン。なんで? あたし死んじゃった?」

「アハハハ、死んでねーぞ」


 エルフさんは超見目麗しい。だが、天使ではない。死んでもいない。天国ではないからな。


「ふぅ~、ありがとう。少し生き返ったわ」


 と、言いながらよぉ~く周りをみる女の人……


「……え? エルフ!?」

「おう、俺達はエルフだ。悪いか?」

「やだッ! 超カッコいい!」


 自分が行き倒れていたというのに呑気なお姉さんだ。

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