薔薇
馬酔木
一枚目 景色
造花を買った。
気まぐれに通った裏路地に、ひっそりと佇んでいた雑貨店。鮮やかとは言い難い…少しくすんだ赤色をした一輪の薔薇を、気がつけば手にとっていた。
……使い道は最初から決まっていた。あいつに贈ることしか考えていなかった。
半ば苦しみに近いものとなっていたその想いを、この薔薇に託し、手離す。その決心がついたのだった。
「ねえ観月、今度いちご大福食べに行かない?」
そう言って、明石が見せてきたスマホの画面。半年前に家の近くにできた和菓子屋の投稿だった。冬になれば大体の店で季節限定として売り出すものだ。特に他の店と変わった感じを出したものではなさそうだが…投稿を見る限り、使われているのは白餡らしい。そういうことなら断る理由はない。
「白餡なら行く」
「だと思った!本当に白餡好きだよなあ」
「あんたは苺なら大体いいでしょうに」
「だって美味しそうなんだよ!ほら、お互いの好きなもの食べられるっていいじゃん?だから誘ったのに…」
こういう思わせぶりなことを言うのだから、本当にタチが悪い。意識していないのなら尚更。
「分かったから。…今日は木曜だからあんた部活ないんでしょ、放課後行くわよ」
和菓子屋の店内に3,4席ほどしかないイートインのスペース。テーブルを挟んで座り、抹茶と一緒に注文した和菓子を待っている間だった。
「そういえば今年のクリスマスはどうしよっか」
「どうするも何も、あんたは部活でパーティーでもするんでしょ?」
「それはそうだけど、いつものやつだよ」
いつものやつ、と言われてようやく理解した。
「ああ、交換のことね。いつも通りやると思ってたけど」
「オッケー、楽しみにしてる」
プレゼント交換。私と明石が小学生の頃から続けているクリスマスの恒例行事だ。私が親戚とのパーティーで交換をした、という話をしたら、明石がやりたいと言い出したのがきっかけだった。一人っ子で親戚も少ない明石にとっては、少し憧れがあったのだろう。こうして高校生になっても続いていることに、若干子供っぽいと思いながらも…心のどこかでは優越感に近い何かを抱いている。
学年が上がると、どうしても男女間の距離はできるものだ。疎遠と言うほどではないものの、昔ほど遊ばなくなったし、お互い他の友人との時間が増えていった。私と明石を繋ぎとめているこの行事は、密かな楽しみでもあったし、いるのかわからない"誰か"へのマウントのようなものでもあった。
それにしても…と明石が続けようとしたとき、奥から店員がこちらに来るのが見えて、話が止まる。
「お待たせいたしました」
それぞれの前に和菓子と抹茶が小長盆で出された。ごゆっくり、と言ってお辞儀をする店員に会釈をする。
「え、観月は苺大福じゃないの?」
「別にいいじゃない…ゴールドキウイなんて珍しいから食べてみたかったのよ」
明石はお目当ての苺大福を選んだが、私はショーケースで一目惚れしたゴールドキウイ大福を思わず選んでしまった。苺大福に比べてお高めではあったが、こういう出費は惜しまない主義だ。
「わあ…マジで美味そう…!」
明石はスマホを構えて写真を撮り始めた。その向きからして私の和菓子、寧ろ私の姿まで写っている気がする。こいつのことだからSNSに載せないわけがないし、私をメンションするのだろう。また友人やこいつのファンに色々言われるな、と考えながら…それはそれで都合が良いと思ってしまって、やめてくれとも言えないでいる。
抹茶を冷ましたくない私は、写真を数枚、無難な角度で撮る。写真をあまり見返さないし、そもそも撮って保存しておくその意味があまり分かっていない。時間が経つと味を損なうもの、瞬きをすればきえてしまうような絶景を撮ることに関しては、むしろ嫌悪感さえ抱く。微妙な角度に悩みながら撮り続けている明石に若干苛立ち始めた頃、ようやく満足のいく写真が撮れたようだった。
「食べましょ、いただきます」
「いただきまーす」
苺大福を美味しそうに頬張る、その可愛らしい様子。私だけが見られる景色、というわけではないのかもしれない。いつかこの私の席に、他の誰かが座っているのかもしれない。それを考えるたびに、嫌悪感と焦燥感が襲ってくる。
___私だけのものにしようとしてこの景色が崩れるのならせめて、少しでも長くこのままの景色を見ていたい。
そう、思っていた。そう思い続けていれば良かったものを。
たった一輪の偽物のせいで、もう戻れなくなってしまうなんて。あの頃は知る由もなかったのだから。
薔薇 馬酔木 @ashibi_salmon
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