42話 普通のおじさん、念願おじさん。

 試合開始の鐘(よし、スタートだと言われただけなので厳密にはない)が鳴った。

 

 参加者たちは分かりやすいように、肩にテープを巻いている。

 大勢が釣り竿を持っているが、私のは高性能なので細い。ぱっと見ではそれがわからないのだろう。


 ほとんどの人の釣り竿が太く、大きいので、私の物を見て笑っている。

 

 だが後悔させるつもりだ。


 最後に笑うのは私、そう、おじさんだ。


 もちろんククリとエヴァにも負けない、そして私は優勝する。


「シガ、出るぞ!」


 昔見たロボットアニメのように、私は誰にもぶつからないように競歩するのだった。


「あの人、独り言しゃべってるー」

「しっ、ああいう人はよくいるのよ」

「釣り竿も変だしな」


 

 それから私は一つのスポットで腰を据える。

 といっても椅子はないので立っているのだが。


「よし、まずは餌をつけて……よし」


 一般通行が制限されているらしく、参加者以外は遠く離れている。

 釣りは振りかぶるので後ろにいると危険だ。


 電話がない世界で交通規制などは大変だろう。この様子だけでも、いい国だとわかる。


 まずは大事な一振り目。


 始球式みたいなものだ。


 街角の小さな路地、その下には綺麗な川。

 見える魚は小さい。だが橋の下には大きな魚が隠れている可能性もある。


 私はアンダースローで投げいれた。


 前回、結果的に私はククリたちに破れてしまった。

 だが釣りえモンの動画を見ていたおかげで、投げ方をマスターしている。


 まあそれは嘘だが、私のチートスキルが後押ししてくれた。


 綺麗なフォーム、ヒュルルルと音を立てて進んでいく。

 これには思わず、ギャリーも大興奮。


「すげえ! あのおじさんのテクニック!」

「オジック!」

「やるなあおじさん!」


 勝手に略されたのはいささか不満だが、気にするほどではない。

 

 この川は海と繋がっているが、凄く澄んでいる。

 スポットに到着、静かに釣り糸を垂らしていると、すぐにヒットがあった。


 釣りは勢い肝心だ。思い切り引くことで、返しが引っかかる。


「……重い」


 そして手に伝わる感触は、数メートル級のそれ・・だった。

 間違いない。私は一撃でこの大会参加者を打ち砕いてしまう。


「ありがとう、ククリ、エヴァ」


 好敵手ライバルに賛辞を送り、思い切り引き上げる。

 チートが発動し、手に力が漲った。


 どれだけ重くても、今の私は吊り上げることができる。


 そして魔力を伝えるすべを身に着けたおかげで、釣り竿に魔力を流し込んでいる。

 これで折れることはない。


 ああ私は、この瞬間・・の為に生きてきたのかもしれない。


「ありがとう、釣り神釣りえモン!」

「ドドドーーーーーーーン」


 水しぶきが舞う。天高く釣り上げたのは、それはとても大きい大きい。


 小舟だった。


「すげえ! あれって前にここで事故って沈んだ船じゃねえか?」

「ほんとだ! リービットストリートじいさんの60年間愛用していた小舟だ!」

「どこに消えたかわからなくて、じいさん涙を濡らしてたもんなあ! これは喜ぶぜえ!」


 どかんっと地面に落ちる。

 よく見ると割れたりしているが、私のせいではないだろうか。


 そんな事を考えていると、むなしさが込み上げてきた。


 もしかして私には釣りの才能がな……いや、ダメだこの思考は。


 私は誰にも吊り上げられない小舟を釣り上げた。

 それを、誇るべきだ。


「そこの若者、バービットストリートばあさんに、この船を返してあげてくれ」

「え、ええと、リービットストリートじいさんなんだけど……」

「私は忙しいくてな、すまぬがさらばだ」


 急がねば、思わぬ時間を食ってしまった。


 そして私は釣りスポットを見つけては、街中の小舟を引っ張り上げた。

 流石水の街だ。


 いたるところに残骸が落ちている。


「あれは、リンゲン通りのじいさんのやつ!」

「あれは、グルスドンのばあさん!」

「あれは、ドーギンビーンのレース小舟の!」


 通りの名前が似たような響きでもはや覚えられない。

 魚は一切釣れていないというのに、大勢の人から感謝されていく。


 気持ちはいい、だが嬉しくはない。


 そんなこんなで、観客からもう時間がないと教えてもらった。


 ああ……私は……また……。


 しかし最後の望みをかけ、私は誰もいない路地に突き進んだ。

 細い道を曲がった途端、開けた場所に出る。


 そこは海岸沿いだった。


 船はなく、参加者はいない。

 いるのは漁船を扱っているような人たちだけだ。


 ここは釣りスポットではなく、仕事をする人たちの場だ。


 ああ、時間が……。


 そう嘆いたとき、鳴き声が聞こえた。

 クジラを見たことはないが、おそらくこんな感じであろうという水が噴射した音だ。


 驚いて視線を向けると、なんと――。


「デカい……」


 大きな大きな、それはもう大きな魚――の魔物だった。


「うわあああ、デスフィッシュだあああああああ」

「な、なんでこんなところに!?」

「こんなの、一級冒険者じゃねえと勝てねえぞ!」


 まるでお膳立てのフルコース。

 

 さながら私はナイフとフォークを用意され、食卓をに座った気分だった。


「お、おいあんた! 早く逃げろ! 何突っ立てんだ!」


 漁業の人が、私に声をかけながら去っていく。


 私は釣り竿を構えた。一応餌は付いている。

 これは釣りだ。戦いバトルではない。


「やあデスフィッシュくん。君はお刺身とフライ、どっちが美味しいかな?」

「ギョギョオオオオオオオオオオオオオオ」


 ――――

 ――

 ―


「ななななな、なんと、全長20メートル以上、体重は図ることができません。これはもう決まりました。第二十五回、ストラウス杯の釣りトーナメント、優勝は、冒険者シガァあああああああああああああああ!」


「すげえええええええええ」

「デスフィッシュじゃねえか!」

「煮ても焼いても揚げても刺身でもうまいってヤツだよな!?」


 表彰式はなかったが、私は大きく紹介された。

 二位はなんとククリ、三位がエヴァだった。


 二人はなんと歴代最高のマグロのような六メートル級を釣り上げたのだ。

 それも正攻法で、そして稀有な魚で、魔物ではない。


 ……いや、勝ちは勝ち! 勝ちだ!


 ……勝ちだ……。


 全てが終わった後、デスフィッシュは私の物なのだが、みんなに振舞うことにした。

 命を助けたわけではないが、その場にいた魚人さかなんちゅの人が私にお礼だと言って無償で働いてくれた。

 切って揚げて焼いてを繰り返し、その場にいる人全員が私に感謝した。


 その味はとても口では言い表せないほど美味しく、ただただ頬が緩むのであった。


 そんなこんなですぐ夜になり、私たちの釣り大会は終わりを告げた。


「シガ様、流石ですね!」

「シガ、格好良かった」

「そ、そうかな。でも……私はズルをしたようなものだ……魚も魔物だったし……」


 二人は喜んでくれたが、やはり手放しで喜べなかった。

 しかし、ククリは駆け足で私の前まで歩き、くるりと振り返る。


 満面の笑みで。


「そんなことないですよ。シガ様はみんなを笑顔にしました。誰が何というと、堂々の優勝です!」

「わたしも、そう思う」


 手を繋いでいたエヴァも、嬉しそうに言ってくれた。

 ああ、嬉しいな。


「ありがとう。そしてありがとう(釣りえモン)」


 その日、私はこの世界にきて一番笑顔で眠った。


 翌日、宿の外には、見知らぬおじさんとおばさんが手土産をもって待っていた。

 全員が、私に感謝したかったらしい。


「あなたが私の小舟を拾い上げてくれたんですね! あれは、おばさんの形見で」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「本当にあの船はずっとずっと大切にしていて……」


 水の都、ストラスト。

 

 魚が多く、街の至ところにある水はひんやりと冷たい。


 だが街の人々は、どこよりも暖かく感じたのだった。


 

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